骨に刻んだ約束の証
『今生こそ愛を交わしましょう!』
本日も盗聴器の感度は良好、発信機も問題無く動いている。問題は此処が矢霧製薬の敷地内で己は軟禁状態にあり、しかしそれをそんな事と片付けてしまえる程の大問題は、現在の己の顔がかつての妹と契約していたデュラハンのそれと同じものになっているという事だ。池袋周辺に出没する首無しライダーがセルティであると美香は知っているが、今までに向こうからの接触が無いので彼女は美香に気付いていないと考えて良いだろう。それでも鉢合わせになれば流石に分かってしまうのは想像に難くない。この顔になってしまって文字通り合わせる顔など無いので池袋をうろつくのは気が引けるのだが、それでも兄として妹の危機を黙って見過ごす事も出来ないのだから仕方ない。もし再会してしまったら土下座でも何でもして謝ろう、と彼女は出撃準備を始めた。
罪歌が現時点で取り憑いている杏里の足は速いが罪歌の思考回路は単純と言える。始点さえ分かれば先回りする事も可能だが、妹だった少年の行動予測が出来ない。どうやら罪歌の存在を知りつつも池袋へ出てきたらしいので以前と変わらず御転婆な様子だが、それでも全く同じだというならそれはそれで異常だ。記憶を保持している美香ですら性別という要因の所為か多少なりとも思考や趣向に差異が生じているというのに、記憶の無い彼女が、否、彼が同じである筈が無い。例を挙げるなら己をこの顔にした医者だ、前世も今生も何も変わらずセルティを追い回している彼を異常無しとする輩はいないだろう。要するに受験の際に一目見ただけの彼の思考回路など美香の知れるところではない。
「あの娘にも盗聴器か何か付けておけば良かった」
詮無い事を言いながらピッキングの道具を鍵穴へ。先ずは何よりこの敷地内を無事に出なければならないのだが、
「次に会った時に仕掛ければ良いかな」
実にあっさりと扉は解錠される。
美香にとって脱走など朝飯前でしかなかった。