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鷹の人3

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「殺すか。なるほどこの状況で、それが可能というのなら、構わない。とはいえ真に話し合いを望む神使の密使なら、私を殺す事の愚かさも、心得てるはずだ」
 ペレアスはそこまでを傲然と言い放ち、フリーダに目配せをする。呆然と主君の様を見つめつづけていた騎士は、素早く頷くと、間者の縛めを解いた。
 自由になると、間者は立ち上がり、手首や間接を動かしながらフリーダを、まるで乞食や物取りでも見るような目つきで睨みつけ、同様の眼差しをペレアスとタウロニオにも向ける。
「……………甘いな。私を解放するなど」
 お前を侮蔑しているのだ、といわんばかりに、唇の端のみならず顔をゆがめ、彼女はせせら嗤った。だがそれは、彼女なりの虚勢だった。
 話し合いの可能性、神使の意志を全うしたければ、そもそもペレアスを殺しにかかるなど愚行極まりない。
「甘いのは、どちらだ。もっとも、一方的に国境を侵しながらも、その大軍勢を率いながらも略奪を禁じ、悪戯に戦火を広げなかったこと。退却する我が軍を虐殺するような真似に走らなかった事、再三話し合いをという神使の言葉を裏付けるものにも、なるのかもしれないが」
「愚弄するか!」
 ペレアスの堅く告げる声に、灰色の瞳の中に挑発的な殺意が加わる。白磁の肌に、朱が差した。僧服になんともそぐわない。美しくも、滑稽ですらあった。
 以前の自分ならば、このように強い瞳を向けられたのならば怯んでしまい、何も言えなくなっただろう、とペレアスは思う。今動じないで済むのは王という立場を与えられたからだ。すべてのデインの民の命を、背負っているその重さだ。その重さの愛しさが、一個人の恐れなど何ものでもないと知らしめてくれる。
「そもそも、四年前の所業を忘れたとは言わせない……その上、国境を侵し、半獣の軍勢を率い我が民を怯えさせたにも関わらず、話し合いなどと、戯れ言にも程がある。…それを聞き入れる耳を、何れの者が持ち合わせていると言うのだ」
「おお……女神アスタルテよ」
 僧服の間者は、呆れたような口ぶりとともに、祈り、きっと顔をあげる。敬虔さと鋭さが同居する、如何にも神使親衛隊といった風情だ。
「女神の代弁者たる神使様のお命を狙うのみならず、そのような暴言まで……なるほど、デイン新王は噂に違わぬ愚か者か」
 女は、薄い唇の端を上げ、くくく、と喉の奥から嗤った。フリーダが、腰のものに手をかけると、間者はさっと袖の下を探る。タウロニオは微動だにせず、ペレアスは、フリーダの動きを、手を挙げる事で制した。
「そうだ。あなたの言うおり、私は愚かな王だ」
 まるで宣言のような口ぶりに、女の目がいぶかしむようにすっと細められる。一体何を言い出すのか。
「私は我が国の事しか見えない、考えられない、器の小さな王だ。デインという国に対し、その偉大なる皇帝神使様はいったいどのような所業をなされたか?」
 ペレアスは間者に近づく。間者は、だが、動かない。
「私の言葉、意向、そのままに、あなたの主に伝えてほしい」
 そのままペレアスは声を落とし、彼女の隣に立ち、一言一言を強調するかのようにささやいた。それは、背後に立つタウロニオにも聞き届けられぬほどのものだ。無論、間者の脇に控えているフリーダにも。そして王の視線は、閉まった扉にあった。
「………我らは我らが意志にて動けない。だが、この事を直接は、言うな。おそらく…あなたがたも、監視されている」
 最後の言葉と僅かに変わった声音、突如落とされたその調子に、間者の顔色がさっと変わった。説明を求めるように、細い瞳を見開きペレアスを伺う。だが、ペレアスは厳しい表情のまま、何も言わず、顔も動かさない。
「早々に、立ち去れ」
 女は、とっさに言葉の意図を掴みきれなかったのか。だが、それも一瞬。女は突然、気が触れたかのように甲高い声をあげ、嗤った。ミカヤとクルトナーガが、ぎょっとしたかのように身体を竦ませ、サザが腰のものに手をかけた。
 静まった場には女の笑い声が響く。やがて、修道女は祈りをきった。
「噂に違わず愚かな王!我が主の恩情にすら、すがらぬか!下らぬ誇りが国を滅ぼすとも知らずにな……このような報告をせねばならぬこと、至極残念だ、デイン王ペレアス」
 ねめつけるような、蛇の目がペレアスの横顔を睨む。女は重たく息を吐くと、駆け出した。そして女は駆け出す直前、小声で囁いた。「承諾した」と。
 

 翻る灰色の頭巾と長衣の裾を見つめながら、よくもこれだけの真似が出来たものだと、ペレアスは今更ながら、胸を撫で下ろす思いをしていた。
 呼吸を、常よりも意識をして深くするが、それでも鼓動は早い。背中がじわりと冷たくなっている。気を抜けば、脱力の余り膝から砕けてしまうだろう。
 気を引き締めるように、騎士フリーダを促し、卓につく。側近の青年が、扉を閉める音が、その合図になった。
 神使が、具体的に接触して来たのは初めてだ。
 ベグニオンの間諜部隊とは、その殆どが下級貴族あるいは平民で構成されている。おそらく、もとは神使派が多いのではないか。だが家族を人質にとられるか、高額な報酬をちらつかせられたか…弱みを握られ逆らえないのか。ベグニオンは、身分差別の激しさも、デインやクリミアの比ではない。
 ゆえに、ベグニオンは確かにデインに多くの間者を派遣してはきたが、多くがすぐさま暴かれていた。間者は、旅人、商人や巡礼僧に姿を変える事が多く、そしてデインにおける信仰の中心地パルメニー神殿のトメナミ司教は、そちらも「遣り手」だった。デインを訪れるものは皆、パルメニーかネヴァサを目指す。王都ネヴァサの大聖堂の司教もやはりパルメニー神殿の一派であり、共にベグニオン総本山に対して、宗教的に独自の姿勢を貫いていた。
 ゆえに、ベグニオン駐屯軍時代のデインの教会からは、徹底してパルメニー神官達が取り除かれ、これを機会と総本山は、駐屯軍と結託し次々と司祭クラスの人間を送り込んで来ていた。だが彼らも、王都解放と同時に捕えられ、大部分は処刑あるいは労役に就かされている。
 パルメニー神殿の手にかかれば、手練の間者とて、赤子同然に暴かれ、神殿の地下深くある坑道で、朝も昼もわからぬ労役に就かされる。或いは、偽の情報を流す為に放たれる。
 神殿長でもありデインにおける権威も並々ならぬトメナミとは、独立運動の折に誼を通じて以来の仲であった。
 王家筋は先君により尽く誅殺され、親王派といわれる貴族達も、その殆どがやはり先君の時代に駆逐されていた。つまり、ペレアスに頼れる伝や縁などは皆無に等しい。そのような中で、トメナミは一貫してペレアスを支持してくれていた。先君とは対象的な気質を持つ新王に対する彼の期待の現れでもある。先君アシュナードは、とかくパルメニー神殿を低く評価し、その権威を徹底して否定していた。
 彼らの協力は、突如王に仕立て上げられた若き王にとって、国の流通や情報を把握する上で、この上なく心強いものだった。その情報網はテリウス全土に渡っており、手の者をラグズの国にまで潜入させているというのだから、その徹底さたるや見事なものである。
作品名:鷹の人3 作家名:ひの