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鷹の人4

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 こういう時の女王は、楽しいのだ。戦に心を沸き立たせるのは、ラグズの本能のようなものだ。すれば、鷺の民とはひどく例外的な存在になる。ベオクとは違う。そしてラグズとも、その本質が違う。そのようなことを、ハタリの里にいた折は、あまり深くは考えてみなかった。そう言う事を、ハタリでは考える必要がなかった。
「オルグ殿にはデイン解放時よりの長い間、尽力していただいております。もし私の力で、その身の負担が軽くなるのであれば、と思ったまでです」
『デイン王は、そのため命を精霊に捧げました。私には、その申し出を断る術は、ありませんでした、女王』
「精霊に命を捧げる?……まさかそなた、精霊の護符を」
 ペレアスは前髪をかきあげ、額の刻印を露にしてみせる。
 サザとノイスが息を呑んだ。額に刻まれた、深紅の禍々しさをたたえる印。どこかで見た事があるような気がする、とサザは思った。見覚えが、ある。確かに、同様の紋様を、見た事がある。
「はい、ハタリの女王。私の身には、闇精が宿っております」
 ペレアスは前髪を戻し、再び机上に手を置いた。
 静まり返るその部屋には、誰も、ペレアスを罵る事は、なかった。勿論場を考えれば当然なのだが、それは、ペレアスの心を、またひとつ強くさせた。
 じっとこちらを見つめてくるミカヤの顔色が蒼白に近くなっている。琥珀の瞳が、不安げに揺れている。彼女はおそらく察したのだろう。
 案ずる事はないのだ、とペレアスは笑みと頷きでもって、彼女の不安に答える。ミカヤは観念したように目を閉じた。サザが彼女を労るように様子を伺うが、ミカヤは握りしめた拳をわずかに震わせるのみで、それに気がついた様子はない。
「我が側近の実力を卑下するわけではないのだがな、黒竜族ぞ?その比類なき力。そなた、耐えられるというのか」
「万が一つにも、しくじることはありません。精霊はその拠り所となる肉体を喰らいますが、決して滅ぼしはしない。精霊をこの身に宿す以上、彼らの力を使う以上、私は死ぬ事はありません」
 理屈の上では、死ぬ事はないだろう。ただ、どのような状態で生きながらえるのか。それは、わからない。
「なるほどな。魔道の道理の事は知識程度のみだが、精霊と遣い手というのは、互いに持ちつ持たれつであるということは知っている。だが」
「女王ニケ。私も耐えます。戦は恐ろしい……ですが、甥のペレアスがそう言うのです。それに、既に私は父王の戒めを破って、この場にいるのです。私自身が、決めたことなのです」
 割って入るクルトナーガの赤い瞳が、まるで燃え立つ炎のようだ。奥底に、頑なものが垣間見える。ニケはいっそう愉快になってきた。
 彼はまだ幼い竜王子だが、その気概はやはりデギンハンザーの息子であるようだ。
 大陸中の者が誰でも知っている三英雄の一人、最強の力をもつ黒竜王デギンハンザー。その名声、その威光はベオクラグズ問わず、テリウス大陸では伝説の存在に等しい。
 何とも心躍る事だ。これは、おそらく皇帝軍にあのままあったのなら、感じる事などなかっただろう。ニケは伴侶に感謝した。あのように強い調子のラフィエルを見るのは初めてだったが、これは予想以上に、愉しめそうだ。
「ふ、そうか。ならば、大陸一の竜鱗の力。いかほどのものか、見せてもらおう」
「は、はい…!」
 アムリタが退出してしまい、まるで居場所がなかったクルトナーガだったが、必ず出席して欲しい、とペレアスには念を押されていたことの意味を、改めて考えていた。
 何も考えずデインを訪れ、ただ、力になりたい、などと主張してみせたところで、それが可能かどうか。デインが反ラグズ国家であることくらいは、父王より聞いていた。それでも姉の願いを聞き届けたい、一心だった。
 戦に呑まれやすく、父王が頑に戦うなと言う言葉の意味。ノクスに辿り着いてから、不安でなかったといえば嘘になる。
 何より初めてのベオクの領域だった。
 ペレアスが、クルトナーガの言葉を信じたのかどうかはわからない、だが、追い払うでもなく、侮蔑の言葉を浴びせるでもなく、また、ノクス城塞を破壊した事を咎めるでなく、まず、クルトナーガの身を案じたのだ。
 だから、ペレアスと会ったときに感じた、どこかにひっかかるような、アムリタとペレアスが並んでいる時の違和感の事を、クルトナーガは胸の内に秘める事にした。

「しかし、よく短時間でそこまで考えつくものだ。デイン王、そなた、何故ベグニオンなどにたばかられた?」
 ニケの言葉は半ば感心した風だったが、やはりどこかに揶揄の響きが漂う。ペレアスの背後に控える青年のまとう雰囲気が変じる。鋭利な刃物だ。主を侮辱する言葉は、例え他国の王であろうと許さぬ。そういう無言の圧力に、ニケは満足し笑った。
「ニケ様!それは……!」
「私の、弱さと、愚かさが」
「そなたの弱さが滅びを呼んだ。そういうか」
「はい」
 ペレアスは、ニケの隻眼を真正面から受け、断言した。
 ニケはおおよその経緯をミカヤの口から聞いていた。
 補佐すべき人物に裏切られ、あげく利用されていたその愚かさは兎も角として、よくもまあこの状況で国を瓦解させずにいる、と思う。デインという国が崩壊しかけている、などという風評は、何れの口よりも聞こえてはこなかった。
 なるほど、確かに一見すれば軟弱で、頼りない。一見の雰囲気だけならば、伴侶ラフィエルに近しいものを覚えなくもない。線の細い印象すら受ける。
 だが、その深い色の瞳の奥に密かに燃えている鋭さは全く別物だった。彫りの深い目鼻立ちも、強い瞳の色も手伝ってか、頑強さを際立たせている。
 窮地に追い込まれ、化けたというのか。
 王として民を導くよりは、策謀を巡らす方が向いているのかもしれない、とニケは思った。
 だがそんなペレアスを、脆弱なニンゲン風情と馬鹿にするつもりは毛頭ない。それが、おそらく、この王の戦い方なのだ。
「国を欲するのならば、正面から戦いを挑み、打ち勝てばよい。だがどうやらベグニオンという大国は、そういう直接的な行為を厭うようだな。煩わしいことだ。卑怯者のニンゲンが好みそうな手段だな」
「ベオクは、ラグズのように皆が生来戦う為の力、手段をもって生まれるわけではありません。弱い者が己の身を守ろうとすれば、卑怯な手段や卑劣な罠も時に厭わない。それが、ベオクです」
「知恵の種族、というわけか」
「その知恵も、時にラグズの力と拮抗しうる、ということです」
 まったく、面白い。ニケは、己がこの若き王を気に入り始めている、と感じていた。


 女王ニケより告げられた言葉。
 それはペレアスに一つの確信を持たせた。当初の目論み通りで、間違いはなかろう。
 おそらく、あえて離間の計を施すまでもなく、現状で皇帝軍の意志の統一はなされてはいない。それは、異なる思惑を束ねればならぬ大軍ゆえの宿命のようなものでもあり、それはいくら歴戦の勇者であるあのアイクが牽引しようと、収めきれるものではあるまい。
 例えば、その僅かな綻びは、つい先ほどまでの戦いの折にも見え隠れしていた。
作品名:鷹の人4 作家名:ひの