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鷹の人4

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 なんとなれば、その吐露された激情の矛先であるペレアス自身が、じっとサザの言葉を伺っているからである。先ほどまでの、どこか怯えためらう様子が、まるで嘘のようだ。
「あんたはミカヤを信用する,と言った。だから、総司令なんてものにした……そのくせ、いざ、自分が間違いをしでかしても、その本当の理由を黙って、それでも臆面もなく、ただ戦えとあんたは一方的に命じた!その、誰も逆らえない王という名の下に、理由もわからず、ミカヤを、俺たちを、皆を戦わせ血を流させて、……それが今更何だ?元はと言えばあんたが悪い。すべて、あんたのバカさ加減が呼んだ不幸で、そいつを全部ほっぽり投げて、あげく勝手に死に逃げみたいな真似までして?そんなんじゃ…そんな腰抜け野郎を信じて、苦しんできた、ミカヤは…!」
 こらえて来たものを、息つぐ暇すら惜しんでサザは一気に吐き出した。
 最後の言葉を吐き出して、それで溜飲が下がったわけではない。
 だが、上半身で荒い呼吸を整えていれば、いささかの落ち着きは取り戻せる。
 呼吸を整える間に、脳裏を過るのは、何も苦悩しながら戦う姉の姿ばかりではない。
 ラグズの獣兵に震えながら向かって行く義勇兵。ついさっきまで談笑していた兵士が、目の前で、胴体だけになって倒れているさま。目に狂気を宿しながら、罵りの口上を共に突撃する、新兵たち。ことさら意識せずとも、目の当たりにして来た光景は、知らぬうちサザの意識を変化させていた。ただ、その日を生き抜く為に街の裏路地に、日影に生きていたあの頃とは、置かれている状況も、そして立場もまったく違う。すれば、当然価値感も変わってくる。
 サザ自身がその事を意識しようとすまいと、確実に意識の変革はどこかで、起きていた。
 だからこそ、無責任に、安易に己の死を口にするペレアスが、許せないと感じていた事の理由を、だがまだサザはわかってはいない。
 あの時は黙っていた。死に行く者を罵っても仕方ないと思ったからだ。だが、ペレアスは生き延びた。生き延び、償おうとしている。なれば、それに対し言葉を弄することも、また、無為ではない。そのように頭のどこかで、サザは結論を出していたのだ。だからこそ、今更のような苦言が、無意識のうち飛び出した。

 矛盾した思いを抱えるサザの呼吸が静まるまでの間、場は静寂を保っていた。荒い呼吸が静まるまでの僅かなその時間、どこか、ぎこちない空気がその場にわだかまっていたが、部屋を照らす灯は揺れず、同じ光を同じように放つばかり。
 同様に、ペレアスもまた、卓の上で両手を組み、微動だにしない。側近の青年もまた、じっとサザの様子を伺っていた。

「例え、一時の犠牲を生もうと、誓約などに恐れる事なく、元老院の罪を暴けなかった事、それは、言い訳もできない。私の決断の遅さが、民に苦を強いた事。それも、事実だ」
 時を十分に置いた上で、きっぱりとよどみもなく、それも静かな声で、詰った張本人に強く言い切られてしまえば、サザもこれ以上何かを言う事は出来ない。
 もとより言いたい事は,言ってしまったし、何かこれ以上言ってしまえば、惨めなのはサザ自身だ。
 唇を強く噛むと、鼻頭に皺をよせ、乱暴に椅子に腰を下ろし、憮然と腕を組む。ミカヤがそれを見とがめ、弟に小さく何かを囁いていた。
「今サザが言った通りだ。私には、誓約を破れるであろう術を知り、その手段もあった。にも関わらず、己の弱さから、決断出来なかった。その結果が、この現状だ。全て私の弱さと愚かさが招いた事態だ」
 なるほど、一歩踏み出してしまえば、恐れなどとるにたらぬものであったとわかる。己自身が作り出した心の闇に囚われていただけだったのだ。現実を直視出来なかった。その事実を受け入れれば、ペレアスの心を悩ませるもの皆無と言っていい。
 己の弱さ、抱えていた闇。全て吐き出した。自ら、手も汚して来た。それは何のためだったのか。何のため、何度も相応しくはないと思った玉座に、だが、無様に縋って来たのか。
 あとは、もはや、信ずるところをただ行うのみ。迷いなどはない。
「安易に死に逃げようとした。私は、断罪して欲しかった、…ミカヤに、愚かすぎる罪を成した、この身を…それも、甘えだった」
 己の死が、誓約を破れる。
 そう記された書物は、福音を告げる女神のみ言葉に思えた。縋るも縋らぬもない。絶望の大海に流され、たゆたう最中に見つけた、それは一握の藁だったのかもしれない。周りは全て黒色の冷たい水であり、身体は冷えきり、死神の囁きは既に幾度となく聞こえてくる遭難者だ。ただひとつの輝ける希望は、あまりに、まばゆく光を放つ。それに縋る事を、誰が止められよう。己の命ごときが代償で、全てを解き放てる。そんな、甘い夢に、ペレアスは縋ってしまった。
「そんな簡単に逃れられるわけもない……どこか、わかっていた」
 過去の己を振り返る口ぶりには、何の感情ものせられない。その認識の甘さを、つい先日の己自身を、ペレアスはまるで他人のごとくに思っているからだ。なんと愚かだったのだろうかと、ただ、ひたすら、哀れな道化を見ている気分になる。
「ゆえに、全ておわってから然るべき罰を受ける事を、祖霊と女神アスタルテの御名に、そして今ここに集いたるすべての兵卒に、この国に生きる民に誓おう」
 その誓言に、真っ先に安堵したかのように表情を動かしたのは、やはりノイスだった。
 タウロニオやフリーダ、そして側近の青年は全てを知っている。ニケらラグズの民は、直裁にデインと関わりは、ない。ミカヤは沈黙を保ち、弟サザも、同様に、だが、真意を推し量らんとペレアスをじっと見つめていた。
 建国の英雄、祖霊ヘンギストと女神への誓言は、歴代国王が何らかの法を発布する、あるいは形式としての基本だった。だが、加えてこの若き王は、民へと誓う。戴冠式の折もそうだった。それは、ペレアスが民衆もまた等しく、国家の礎であり、重要だと認識しているからに他ならない。
「だが、今は。今だけは、皆の力を貸して欲しい。私の為ではなく、デインという国のため、力を貸して欲しいのだ」
 ペレアスは言い終えると、深々と頭を下げた。

 言葉が途絶えれば、狭い部屋の中は静まり返るのみなのだ。
 風が時折窓を叩いて行く音だけが、今度はやけに響いている。また雪が降って来たのだろう。この静寂はなにも、兵卒たちがそろそろ寝入る頃合いだから、というわけではない。徐々に空気は冷えて来ている、それでも寒さを感じぬということ。部屋を支配する幾たびかの静寂は、だが今回は些か質を違えていた。

 全てを吐露した。
 それは、思っていた程に,恐ろしい事ではなかった。サザの苦言が、むしろそれを楽にしてくれた気がする。彼の率直すぎる言葉は、現実と向かい合うペレアスにとって、何よりの助け舟となった。おそらく、当の本人にそのようなつもりなど、全くなかったであろうとも。
「神使の密書を破ったそなたは、既に決意を固めているのであろう。それが王の意志。なれば兵卒も、おそらく傭兵どもとて、疑うことはない。それは、この場にいるものたちもな。そなたの内心が,或いはここに至る事情がどうであったかなど、どうでもいいのだ」
作品名:鷹の人4 作家名:ひの