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鷹の人5

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「皆、済まなかった。もう大丈夫だ」
 告げるペレアスの顔色も、挙動も、元に戻っていた。それをミカヤの「癒しの手」によるものだ、と皆納得している。
「では話を戻そう。誓約を破る方法は、誓約書を奪う事だ。そのため、既にベグニオンには潜入した者がいる」
 確かにその様子は、何事もなかったかのようだ。先ほどの変調が、睡眠不足や不摂生からではないのか、とだがタウロニオはそれでも疑いの眼差しで見ていた。側近の男も同様で、この男は寡黙で面に何かを出すという事は皆無なのだが、常よりもやや厳しい面持ちに見える。
 双方魔道的なことは理解の外だが、ペレアスが玉座についてからというもの、まっとうな食生活と、充分な睡眠を人ほどしてはいないということを、誰よりも知っているからだった。おそらく、部下である者のほうがよほど良いものを食べている。身体を健康に保つ事も務め、と言ってはじめてペレアスは用意された食事に手をつけるという始末であれば、両名の懸念が決して大げさだとはいえない。

「彼らは選りすぐりの間者だ。数日のうちに、誓約書を携え戻るだろう」
 誓約書の扱いに関しては、ペレアス自身およそ破棄すれば済むであろう事も想像していた。だが、それが第三者の手でよいのか、はたまた契約に携わるものの手に依る必要があるのかまでは、かき集めた知識のみでは限界があった。契約者の死に第三者の手が加わる必要があるということは、同様の事が言えるような気もしたのだが、いずれにせよこちら側に現物があるにこしたことはない。
 それら全てに関わる諜報組織「草」の存在は、だが、公には出来ない。彼らは王家の懐刀だ。流石に他国の客人に、それを暴露するような愚かな真似は出来ない。とはいえ、おそらく女王ニケは、デイン王の周りをこそこそと動き回るその存在を察知しているだろう。
 聞かれれば、答えられる範囲で答えるつもりでいたが、ニケはそこまでは具体的なものを求めてはこなかった。
 「草」の存在を知るタウロニオやフリーダ、側近の男は何も言わない。
 ガドゥス公ルカンが、帝都シエネはマナイル神殿をほぼ住居としているのは、以前より確実な情報としてペレアスは握っていた。マナイル神殿への道程、冬場であること、侵入に際してはおそらく混乱しているだろうから通常よりは容易だったかもしれないが、そこから首尾よく事が運んだとして、あと三日程は必要だ。
「我らがとるべき手段は、彼らが戻るまでの間、生き延びる事だ。その日数はおよそ三日。三日間、我々は耐え続ければよい」
 この三日間こそが、すべてを決する戦となる。幸い兵糧、物資は冬場という事もあり、補完状態も良好であった。砦の守備隊長は昨日の戦で戦死してしまったが、彼の功績はむしろ、物資を損なわず守り通したことであった。ネヴァサよりの兵站に、それなりに守備兵を割り当ててはいたが、今の所不思議と皇帝軍が手を出す気配もない。
「今回の総大将は私だ。ただし、戦闘指揮官は、引き続きタウロニオ将軍。タウロニオ将軍の命は、私の命と思ってほしい」
 ミカヤが、傍目からもわかるほど、強く唇を噛み締めていた。眉間に皺がよっている。彼女は思い出していたのだ。あの日、神使を捕え損ねた、あの時の事を。皇帝軍をおびきよせ、一網打尽にすべく仕掛けた罠。王命を遂行せねばという強すぎる思いから、タウロニオを説き伏せ、無茶な作戦を敢行したあの戦。
 そして、戦いの前後ペレアスが自分にかけてきた、言葉を。

 その言葉は、まさに今そのペレアスが告げた言葉そのものだった。ミカヤの命令は王命であると。
 作戦の失敗を聞いたペレアスは、自らの筆を取り責を悔やむミカヤへ書をしたためた。その紙面には、ただ一言『全ての責は王たるこの身にある』とだけ記されていた。

「ミカヤ。君は、総大将としてではなく、戦闘指揮官タウロニオ将軍の補佐として戦場に立ってくれ」
「はい」
 一度、ミカヤはラグズ連合に敗北を喫していた。その折、総司令という地位から彼女は下ろされている。現実に指揮を執り、軍を動かしていたのはタウロニオだった。
 タウロニオは求心力、実力、名声、経験、全てにおいて申し分のない指揮官であった。
 その隣に、あくまでも「補佐」という形で臨時の役職をおく。それにより、ミカヤはあくまでも、総大将に近い、だが総大将ではない曖昧な地位を与えられた事になる。それは、ミカヤという存在がもつ求心力を殺さずに生かすための緊急の措置だった。そして、その旨をミカヤ自身がよくよく理解していた。
「デインに暁の巫女は健在である。敵にも味方にもそう思わせる」
「王、皆まで言わないで下さい。デイン軍は、…デインという国は、ひとつです。誰が欠けても、なりません。それが私の、誇りです」
 ミカヤの瞳に光が宿っていた。それは、女神の導きではない。神を思わせる、奇蹟の代弁者でもない。
 ミカヤという女性の内から、自ずと迸る言葉で、思いだった。毅然と言い放つ言葉によどみなく、すっとのばされた背筋には、絶望の影も形も見いだす事は出来ない。
 ミカヤにとっては、具体的に効果的な策がある、だとか、確実に皇帝軍を足止め出来る策がある、などというより、彼女自身が確信を抱けるか否かが重要だった。そしてそれは、言ってみれば天啓のようなものだ。そういうミカヤに軍を任せた事自体が、そもそも失策だったのか。だが、ミカヤでなければ、デインの兵たちはこれほどに奮える事はなかった。そして、側につけたタウロニオは、よくやってくれたと思う。
 もとより、このような状況を引き起こした張本人は、誰でもない、ペレアスだ。だから、タウロニオやミカヤの敗北を、必要以上に叱責する気はなかった。
「私にも、責任があります。沢山の兵達を死なせてしまったこと。その事を忘れるつもりは、ありません」
 ミカヤは胸の前に片手を握り、瞑目した。続くように小さく呟かれる言葉は、祈りだ。
「その言葉、君の想い……信じるよ、ミカヤ」
「はい」
 交わされた言葉と、交わされた視線は、それでも堅い信頼で結ばれている。率直にそれを感じ取ったサザは、いい知れぬ疎外感を覚えた。
 何故か、何が。具体的な理由はわからない。だが、そこには、他者の入り込めぬ余地がある。信頼と、信頼。
 それでも、疎外感を覚えながらも、それを以前程に嫌なものだとは感じなくなっていた。
 少しなら、姉の気持が、理解出来るからなのだ。その事に、サザはふと、気がついた。この二人の間にある信頼とは、純粋にただ相手を信頼する、互いに忠誠を誓うようなものなのだ、と、忠誠という言葉の意味すらよくはわかっていないサザが、だが感覚的にそのように理解していた。
「異議はないのであれば、話を進める。タウロニオ将軍、概要を皆に」
「はい。王の言葉通り、我らが目的は、この場を守る事にあります。生憎と篭城という手段は奪われましたが、地下に隠し込んだ兵糧や武器の存在、そして風雪を凌げる場所もあります。兵力の差こそありますが、我らに勝ち目がないとも、いえません」
作品名:鷹の人5 作家名:ひの