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鷹の人6

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「違う!」
「サザ?」
「ちが、……いいや、違う。それは、俺の、…俺の間違いだった。あんたは、悔しいけどあんたはこの国の王だな。ミカヤが……あんたを信じた。トパック、それからノイスもだ。その理由が、さっき、わかった」

「神使を攻撃した事は、ミカヤの独断だった。だがそれをペレアス王、あんたは庇ったろう。自分の命にすればよい、と言った」
「当たり前の事だ、国王とは、そういうものだろう。だからこそ強制権を持つ命令を行使出来る。それは、その命令で何らかの弊害が生じた場合、責任をすべて負うという代償から来る権限だ」
「そうじゃない!なんであんたは」
 とっさに否定をしてみせたものの、だが、サザは言葉を続けられなかった。当たり前の事だ、そう言うペレアスは、穏やかだった。
 それをサザの理屈で否定は出来ない。事実、サザも痛切にそう感じたのは、間違いではない。以前とはうって変わって、今、目の前にいる青年は、確かに王だ。
「とにかく、ミカヤが哀しむ姿を見るのは御免なんだ。だから、あんたも、もう、死ぬような真似はやめてくれ」
 口の中で何度か言葉を混ぜ、結局は話題をすり替える事で、サザはその場を濁した。いいながら、だが、自身の発言すらも持て余しているのであろう。常の構えた態度は何処へやら、今、ペレアスの目の前にいるのは、ネヴァサのどこにでもいそうな、ごくごく普通の青年だった。
 そして、それは、ここ一年弱でペレアスが失ってしまった過去であり、意図して排斥して来たものだ。訣別せねばならなかった日常が、今さらのように目の前に現れた気がして、ペレアスは小さく笑う。サザは怪訝そうに眉をひそめるが、それは、決して不愉快な感情ではなかった。
「死にはしないよ。この戦が終結を見るまでは、戦いを始めたものとして、死ぬ事は許されない。あの時の無様な選択を、忘れてくれなどは言えないが…少なくとも、初陣を無様な敗北で飾るつもりはない」
 その言葉の裏に潜むものが何であるのか。サザには具体的に知る術もなく、また、想像もつかない。
 だが、あのハタリの女王相手にまったく物怖じもせず、淡々とその脳裏にある策のみを語った姿を記憶していれば、なるほど、まるで別人のようなこの様子も納得がゆく。誓約の事実を告白したときの、怯え悔いる様も決して古い記憶ではないというのに。
「君たち姉弟は、本当に」
「……どういう、意味だ?」
 だが、ペレアスは答えず、やはり曖昧な笑みを見せた。昔似たような状況で言葉を交わしたときは、ペレアスは本音を漏らしていた。
「明朝は、あのグレイル傭兵団と相対する事になる。君のよく知る人も、いるんだろう」
 アイクに憧れの想いは未だに胸の奥にある。だが、アイクの強さと、今、目の前にいるペレアスの強さは、質も種類もまったく異なるものだと思った。ペレアスは多くの命を背負っている。そしてその中に、自分やミカヤの命もあるのだ。その事に気がついた時、あれほど憧れていたアイクの存在と、ペレアスが被って見えた。
「今更だ。それに、覚悟なんかとっくに決めてる」
 所詮、憧れは憧れでしかなく、現実とは結びつかない。憧れの人が現実で敵対している。その事を整理するだけの、充分な時間は、サザにはあった。そしてサザは、ミカヤの側にいることを選んだ。ミカヤの為に戦うのだ、と決めていた。
「そうか、ならば、渡したいものがある」
 サザの言葉に頷いてみせると、ペレアスは卓の上に無造作に置いてある短剣を手にとった。鞘の細工や光沢から察するに、サザの暮らしぶりでは、見る事すらも稀な、年代物ではあるが高価な代物だろう。闇ギルドならば扱うこともあるだろうが、生憎とサザはその手の組織に世話になる程ネヴァサでは危ない橋を渡ってはいないし、関わるつもりもなかった。
「君ならば扱えるね」
 一振りの短剣を、ペレアスはサザに手渡す。よく見れば、柄の部分にはデイン王家の紋章が刻まれていた。
「王城から、幾つか運べそうなものだけは、持って来ておいたものだ。祭事用のものだが、デインのそれは帝国のそれとは違い、実用性も馬鹿に出来ないはずだ」
「……見た目より、随分と軽いんだな」
 サザの手に馴染んでいるものと比べると、大きさはともかくとして不自然な程軽い。デイン王家直轄の鉱山で採掘されるという特殊な金属から作られたのか、とも思ったが、見れば刀身が鈍く暗い色を放っている。指先で触れようとすると、だが、制止の声がとんだ。
「触れるのは、止めておいた方がいい。少し、符呪を施しておいたんだ、もっとも、専門家のそれのようにはいかないから…ただの気休め程度だが、刃に毒を含んでいる。聖杖で治療をしない限り、永続的に身体を蝕む、弱い毒だ」
 魔道を施した武器というのは確かに存在はしている。見た事もないわけではなかったが、現物を手にするのは始めてだった。
「私はおそらく、彼女の事を気遣える余裕はない。だからそれで、ミカヤを、…守ってくれ」
 王、あんたは。言いかけたが、サザは言葉を喉元で止めた。自分は、それほどに器用ではない。それに、相手はあのグレイル傭兵団。勝てるかどうかも、正直なところサザにはわからない。
「ああ。ミカヤは、俺が守る」
「サザ。ありがとう」
 サザは背を向けたまま、立ち止まった。何かを思いめぐらすように頭をふると、わずかに振り返る。ただ、その目元は前髪に隠れてペレアスの方からは、伺えない。
「死なないでくれ、ペレアス王。あんたは、多分、デインに、必要だ」

 真っ直ぐな青年だ。平凡な願いをもち、だが強い意志を秘めている。純粋にミカヤを守ると言える、その強さは好ましく、ペレアスの目には映った。
 王という立場に立って、気がついた事がある。自我を殺さねば、駄目なのだと。この小さな身体や小さな自我など、元からことさらに強い執着を持ってはいなかった。だが、そこで自暴自棄になり、全てを捨てては駄目なのだ。
 私利私欲を捨て、この身をすべて民のため、捧げられるような覚悟がなければ、そもそもあの広間の玉座に、座ってはならなかった。
 覚悟はあったと思っていた。だが、それは生半可なものだったのだ。
 死んではならない。死を恐れるような真似はせずとも、本当に死んでは、ならないのだ。それが、一国を背負う、ということに、他ならないのだと、知った。

 サザが退出し、再び部屋は静寂に支配されると、ペレアスは指揮杖と陣羽織を手にとり、羽織った。戦の前にやっておかねばならないことが、もう一つ、あった。卓上の燭台を手に、部屋を出る。
 冷えきった廊下には、見張りの兵の他は誰もいない。そして、彼らは、たとえ主君が目の前を通ろうとも、黙して例をするのみで微動だにせず、闇を見つめている。程よい緊張感に、このノクス砦は満たされている。
 先ほどの身体の変調は大分落ち着きは取り戻してはいたが、鈍い頭痛は相変わらずである。そして、先ほどまでではないのだが、体内に疼く精霊の力は、いつ暴走を初めてもおかしくはない。ペレアスはそれを、気力でのみ、押さえ込んでいた。気を抜けば、どうなるか。想像もしたくなかった。


「王。まだお休みにはなられませぬか」
作品名:鷹の人6 作家名:ひの