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楽園

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 小柄な身体に槍と大望だけを抱いていたあの頃に、幾度か訪ねた懐かしい場所へ降り立つ。今回の訪問は当然非公式なもので徳川でも長曾我部でも一部の者しか知らない。家康が連れる供回りの者も、あまりに目立つ忠勝は都に残し、ごく少数に抑えていた。港へ降りてすぐ密かに迎えに来た案内役に対し、家康は微笑みながら礼を述べる。被り物を深く被った家康は久々に香る潮風を浴び、晴れ渡る空から降り注ぐ陽光に眼を細めた。綿のように真白い雲が悠々と流れている。
 いまだに普請をしている箇所も多いが、確実に復興を遂げ活気に満ちた市街を通り抜け、家康はこの地の主が待つ館へと向かった。


 非公式とはいえ今や家康は天下人である。旧友に仰々しく出迎えられたら複雑だ、と少し身構えていた家康は、こちらが居館に近づいた途端に外へと飛び出してきた元親を見て拍子抜けした。
「よォ、久しぶりじゃねえか!」
 元親は何ひとつ変わらずに牙を見せてにかりと笑った。相変わらず今にも海へ飛び出してしまいそうな装束を纏う男に、ちっと痩せたんじゃねえのか、などとと言いながら無造作に頭を掻き回されて、家康も思わず笑った。
 天下をこの手に。
 その夢を笑わずに認めた男は家康が夢を叶えた後でも態度を変えはしない。そうと知ってはいたものの安心した家康は、久しぶりに屈託なく笑ったことで胸のすく思いがした。
 やはりこの男に預けたのは間違いではなかったと、思う。
 元親の館に招かれ、隋身は控えの間に残す。案内すると言って自ら先導する元親の後を追いながら、家康は徐々に跳ね方を大きくする鼓動をあえて無視した。
 この地にはいまだ、蹂躙の爪跡も残っていよう。
 それでもこの晴れ渡る空と海の香る地で、元親の傍でお前は―――
「あ?」
 廊下の先を行く元親が、客人を迎える広間を覗いたのちに、間の抜けた声をあげた。どうしたのかと目線を遣る家康に対して少しばかり気まずい顔をした元親は、おおい、と周囲に呼びかける。すぐにそこかしこの廊下や部屋から顔を出した部下に向かい、長曾我部は親指で広間の中を指した。
「石田、何処行った?」
 問われた相手もまた、微妙な顔になってその場所を覗き込む。
「ああ、……いないッスね」
「見とけっつったろうが!」
「えええ、見てたってどうせ三成さんが本気出したら俺らに止められるわけないじゃないスか。第一アニキ、理由も言わず…に……」
 言いながら、暢気に答えていた男は主の後ろに立つ家康の姿に気付いたらしい。同じように眼を丸くした何人かの男たちは、度肝を抜かれたという声で叫んだ。
「家康さん……!?お久しぶりッス!」
 今となっては天下様よ上様よと讃えられ、その分気安げに扱われることの減った家康は、その正直で懐かしい歓迎の声に破顔して答えた。
「ああ、お邪魔してるぞ!」
「すみませんッス!あああそういうことだったんスか!」
 途端に慌て始めた男は、先程とても自然に、親しげに三成のことを呼んでいた。そのことが無性に嬉しく、家康はそう畏まってくれるなと小さく手を振る。
「すまねえなあ家康、とりあえず一旦入ってくれ」
 三成の姿が見当たらないとわかっても、元親が浮かべた顔は深刻なものではない。言われて室内に座した家康の真向かいに、元親は苦笑を浮かべながら腰を下ろした。
「あんまり事前に言うと石田も身構えちまうかと思ってな、実はお前が来ることは昨日伝えといたんだ。そんときゃまた、別にどうってことねえっていうような涼しい顔してたんだが……、やっぱ駄目か。逃げちまったみてえだな」
「逃げた、か」
 あっさりと言われ、家康は思わず同じような苦笑を零してしまう。それからふと真面目な顔になり、書状を読んで以来ずっと気にかかっていたことをようやく告げた。
「……少し信じ難いよ。元親。お前の語る三成も、さっきお前の部下が示した三成も何と言うか、……あまりに普通で。ワシは正直、あの戦で三成を生かした時、……もうあいつは半ばこの世から離れてしまったのかと思っていたんだ」
 元親はその言葉を聞き、同意を示して頷いた。
「だろうなァ。……実際俺が連れてきたばっかの時もそんな風だったぜ。だがよ、しばらくした頃にやっと状況がわかってきたのか、石田が喚きだしてなあ。首を斬れ、四肢を千切れ、煮るなり焼くなり首を晒すなり好きにしろ、貴様にはその権利がある、とこう……まるでお前に対して向けてたもんを全部自分に向けるみてえにな。俺がそんなもん要らねえと何度言っても納得しやしねえ」
 家康の顔が強張る。その三成の姿は、容易に想像できたからだ。
「だから俺ァ言ったんだ。俺は今更あんたの命なんか欲しくねえ、死んでお終いなんざ簡単だ、生まれ直したつもりで野郎共の分まで生きやがれ、……てな」
「……お前らしいな」
 家康はわずかに表情を緩めて言ったが、元親は難しい顔をしたまま髪を掻いた。
「したら次の日からだ。それまで息するだけの人形みてえだった奴がいきなり起きだしてよ、俺んとこに溜まってた書簡を見ていいかとか言い出すから渡してみたら、そりゃあすげえ勢いで片し始めてな。こっちは印だけ押せこれはきちんと読んでおけそもそもこの内容は間違っている……ってよ。いちいち的確なもんで野郎共も今じゃすっかり頼っちまってる。俺ァ正直あいつがあそこまで頭回ると思ってなかったぜ、悪いけどよ」
「曲がりなりにも竹中半兵衛の下にいた男だからな。……お前が出会った頃には、その必要がなかっただけで」
「ああ、そういうこったなあ」
 言いながら元親の顔には陰がある。
「以来、ずっと変わりやしねえ。……急すぎるぜ。そう思わねえか、家康」
 元親に問いかけられて、家康は痛々しいものを眼の前にしたように一瞬眼を閉じた。
「……意志の力というものが計れるのなら、」
 家康は静かに告げた。
「三成のそれはきっと、……あまりに強いんだ。ひとつ、これと定めたら総てをそれに注ぎ込み、自分の感情も身体の限界も己の意志だけでねじ伏せて進む……」
 おそらくは元親の言葉を聞いてすぐに、三成は新たに定めたのだ。
 無残な傷に覆われ半ば乖離しようとしていた己の心と身体を強引に繋ぎ直し、“生まれ直した”者として過去の一切を口にせず、元親の為に動いている。
 そうと捉えれば、三成の姿は狂気に等しい復讐に駆けていた頃とも繋がると思えた。
「俺は、……言い方を間違えたか」
「いいや」
 家康は首を振る。
「おそらくそれしかなかった。――お前が三成を生かしてくれて、……よかった」
「全部まるごと封じ込めて、知らねえふりで一件落着、か?」
 口をへの字に曲げ、苦々しく告げた元親をじっと見返して、家康は口を開く。
「だからワシを呼んだのだろう?」
 視線を返した元親は無言だ。
「きっと、人目のある屋敷ではない方が良い。……三成ももしかしたらそう思ったのかもしれない。元親、……三成が、行きそうな場所に心当たりはあるか?」
 元親はしばし沈黙していたが、海に面した入り江沿いの一箇所を挙げた。かつて襲来を受けた際、一番に敵軍が上陸し他よりも徹底的な蹂躙を受け、廃墟となった砦には許可のない者は立ち入りが禁止されている一角だ。
「……そうか」
作品名:楽園 作家名:karo