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楽園

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 砂地に佇む男の銀髪は陽の光を反射して煌き、浅い色の小袖もまるで真白い仕立てのようだ。群青色の袴は風を孕んで緩く翻り、そこから覗く踝もまた白い。背を向けた男の硬質な後ろ姿は、見慣れたもののようにも、初めて見るもののようにも思えた。
 碧く染まる空と海を前にした、こんな晴れやかな場所でこの男と向き合うなど、臭気と赤黒い飛沫に塗れて対峙した頃には思ったこともなかった。
 しばらく遠目からその後ろ姿を眺めていた家康は、ふと茫然としていた己に気付き苦笑して、ようやく歩みを進めた。静かに男の背を見つめながら近づく。気配に聡い男がそれを知らないはずもないが、彼は未だに背を向けている。家康は緩く唇を開いた。
 三成、と。
 名を呼ぶ前に、男は何ら躊躇いもなく振り返った。
 元親が言うように、あの頃よりも血色が良い。だが未だに室内にいることが多いのか、膚はさほど焼けてはおらず眼にしたものを貫くように見据える視線も変わらない。家康は久々に向けられたその双眸に射抜かれ、距離を置いた場所で足を止めた。
 三成は、家康が密かに覚悟していたように憎悪を浮かべはしなかった。しかし代わりの表情もなく、ただ色の無い眼で家康を真正面から見つめた。
「……長曾我部が許したのか?」
「え」
 唐突な問いに、家康は立ち止まったまま間抜けた声をあげる。激昂もなく憎悪もなく、ただ平坦な声で向けられる言葉。それにわずかに戸惑う家康に、三成は静かな声音で重ねて問う。
「貴様が私に此処で会うことを許したのか」
「あ、ああ。そうだ、」
 家康は答えた。三成はそれを聞いて無言を返す。逃げた、という軽い表現を元親は使ったが、この様子を見れば三成の行動は衝動的なものではなく、やはり初めから元親の館では顔を合わすまいと決めていたような節が感じられた。
「……お前が、いないから」
 家康は素直に告げた。
「探しにきたぞ。………ワシはそのために、来たのだから」
 慎重に付け加えた家康に対し、三成はふと表情を変えた。
 それは家康には見慣れたものだった。互いの武器越しに幾度も向けられたもの。
 三成は嘲るように、口の端を歪めて笑っていた。
「どこまで甘いのだ、あの男は……」
 途端にかつての緊張を思い出し張り詰めた家康の前で、三成は蹂躙の痕跡を残す地に視線を投げて滔々と言う。海から吹き抜ける強風が三成の髪を煽った。
「殺せと言った。この地がそうされたように。首を刎ね引き千切り私を好きに切り刻めと言ったのに、あの男は……、」
 しかしそこまで言って三成は不意に言葉を切る。元親から聞いた家康にはわかっていた。元親は三成に対し、真正面からその生を肯定した。そういう男だ。
 そういう男だったから、三成はさらに己の血塗られた手を見て傷つくのだ。
「――挙句に貴様が私の傍に寄ることを許すなどと!」
 吐き捨てるように言った三成が唐突に動く。
 一瞬でその姿が眼の前へと迫り、三成の指が自分の首を鉤爪のように捕えるのを、家康は避けなかった。勢いに押され、砂地に背を打ちつけて倒れ込み僅かに苦痛を浮かべたがそれだけだ。
 家康を地に叩きつけた三成は、もう以前のように腰に刀を差してはいない。代わりに凶器として伸ばした両手の指が、蛇のように家康の首に巻きついた。
「……せっかく避けてやったのに」
 自ら来るとは、貴様も長曾我部も、愚かだ。
 三成はぞっとするほど低い声を家康の耳に注ぎ込み、指に力を込めた。
 家康は呻かない。自らに乗り上げて首を締めようとする男を前に暴れもせず、ただ苦い眼だけを真正面から三成へ向けている。
 数秒の後に、三成は我慢ならないという様子で叫んだ。
「なぜだ!――なぜ撃たない!」
 言いながら三成は顔をあげ、周囲を睥睨した。天下人となった家康が、自由にただ一人で動き回れるはずもない。入り江の背後に広がる小高い林地の木陰に、徳川の従者が数人控えていることを三成は知っていた。これだけの距離を取って控えている以上、それらが主を護るための短筒を懐に忍ばせていることもわかりきっている。
「ワシが止めている」
 それに対して家康は淡々と答えた。三成が視線を落とせば家康の掌は制する形で林地へ向けられ、臣下の動きを押し留めている。三成はそれを認めてさらに顔を歪めた。
「何のつもりだ家康!」
「お前の自傷に部下を使われるつもりはない」
 家康が毅然として言い放てば、喉を覆う掌が震える。その絡みついた指は家康の喉を締めているように見えたが、触れている、と表現しても構わないほどかすかな力しか込められてはいなかった。
「お前が総てに眼を瞑り、ワシを殺せた瞬間はすでに過ぎた」
「黙れ」
「元親がお前を許す限り、お前もまたワシを手にかけることなど」
「黙れと言っている……!」
 指に力を入れようとしても、細い指は緩く首を押すばかりだ。
「……三成」
 感情と身体がまるで繋がっていないちぐはぐな姿を目の当たりにして、家康は思わず三成へと手を伸ばす。それに怯えるように、三成は素早く立ちあがり身体を離そうとした。逃げようとする腕を片手で捉えて、家康も身を起こした。三成は掴まれた腕を振りきることもできないまま、ただ身を硬くして立ち尽くしている。
「元親との約束を違える気か」
 問うても、三成は無言で家康を睨みつけるだけだ。しかし尋ねながら家康は知っていた。元親もまた覚悟しながら家康を呼んだ。
 三成が、家康を前にしてまでも平生のままでいられるほどに器用であれば、初めから何も問題はなかったはずなのだから。
 家康は周囲へ一度、首を振って見せる。主の合図に従いすみやかにその場を離れる気配に、三成が動揺した。
「なぜこの状況で主の元を離れる……!」
「ワシを信じているからだ。ここに連れてくるような者たちだ、総て弁えている。……そうだな、お前ならば例え誰が何と言おうと、こんな時には秀吉公の傍を離れまい」
「――貴様が、その、御名を……ッ」
 一気に激昂した三成の眼には、それでもかつてと違い理性が残っている。あの獣のように一途で迷いない眼はなく、そこにあるのは迷い、怯える人間の眼のままだった。
 家康はそれを認めて宥めるように告げる。
「……名を呼ばないと聞いた」
 掴んだ腕からわずかな震えが伝った。
「秀吉公も半兵衛殿も、刑部も」
「裏切り者の名を口にするな」
 低い声音が家康を遮る。その声の含む確かな嫌悪に、家康は眉をひそめた。
「……あの男は、唾棄すべき行為で長曾我部を陥れ、貴様に罪を被せ、……私に、総てを偽り、信頼を嘯いて」
 切れ切れに伝える言葉がそのまま本心であると誰が言えよう。だが三成自身はそれが己の心であると固く信じている。
「……惜しめよ、三成」
「何だと」
 睨みつける三成に、家康は静かに言う。
「ちゃんと哀しめ。……お前の、片腕だったんだろう。……信じていたのだろう?」
 家康はその上辺を取り除きたい。意志の力でねじ伏せられた、底にあるものを掴みたい。
「裏切り者など、」
「お前の友だったはずだ」
「貴様に……ッ、何がわかる!」
 三成は知ったような言葉を続ける男に対し、掠れた声で叫んだ。
作品名:楽園 作家名:karo