楽園
憎んだ仇を庇った主の姿、厳しい目線を己に注ぐ主の姿を見つめ、信じられないという顔をして茫然と青褪めた男は、今にも震える手から短筒を落としてしまいそうな様子だった。
三成はそれを見て憎々しげに叫んだ。
「諦めるのか!これしきのことで!貴様の憎しみはその程度か!!」
三成、と家康が愕然とした声をあげる。三成は構わずにただ不甲斐ない姿を晒す「己」を責めた。
「私は憎み続けたぞ……!奪われたものは戻らない、二度とあの御方にまみえることは叶わない、――他ならぬこの男が私に言った、散々に命を絶つ意味を喚いた男が私からあの御方を奪ったのだ!!」
三成は憎しみを失ったわけではない。それは息をするたび三成の中で蠢いている。ただ、もうそれを刃として振るうことはしないだけだ。亡きものとして葬ると、この地で生きろと告げて笑う鬼を見つめた時に決めた、それだけの話だった。
男の手は震えを止めていた。妙な光を帯びた眼で、もはや主の姿も眼に入らぬ様子で魅入られたように三成を凝視している。三成はその眼に全身を晒すようにして、家康の背から離れた。背後の動きに気付いた家康が引き戻そうと伸ばした手を鋭く打ち払いながら、叫ぶ。
「どうしてそれを許せる!どうしてそれが許される!なぜ、なぜ誰もがこの男を許すのだ!なぜ誰もが――――」
私を、許そうとする。
空気をつんざく破裂音が響いた。
三成はそれと同時に胴に衝撃を受けて倒れこんだ。撃ち抜かれたらしい脇腹へ宛がった掌がぬるりと滑り、三成は密かに笑った。一度として浮かべたことがない、満足げな微笑みだった。
三成、
必死に己を呼ぶ男の声が聞こえたが、三成は泥土に引き摺りこまれるような安寧に抗わずに意識を手放した。