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吉野ステラ
吉野ステラ
novelistID. 16030
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FAアニメ派生集

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第五話<見えない腕で>




明朝、リゼンブールに発つことになった。
その前夜、鎧を破壊されたアルフォンスは動くことができなかったから。
エドワードは弟の傍にいてやりたくて、二人でそのまま司令部に泊まることにした。
けれど眠ることができなくて
弟に促されて、ひとりエドワードは部屋を出た。


(夜中の司令部なんて、初めてだ)
非常灯に照らされた廊下を歩きながら、エドワードはため息をつく。自らの靴音が妙に響く。
傷の男に破壊された弟の鎧、自分の右腕―。
きっとアルフォンスは落ち込んでいるだろうから、傍にいてやりたかったのに。
(俺のほうが気をつかわれちまうなんて)
情けない兄貴だと、思う。
エドワードは欠けた右腕の付け根を押さえながら、軽く頭を振った。

ふと、一室の扉から漏れる明かりが視界に入った。
そこはエドワードもよく出入りする部屋で。
(大佐、まだいるのか)
自然と足が向いていたその場所は、ロイ・マスタングの執務室。
(大佐に、まだ礼も言ってなかった・・・)
彼が駆けつけてくれなければ、きっと自分は生きてはいなかった。
そう思うと、エドワードの左手は自然と扉に伸びていた。

音もなく扉を開く。一部だけ照らす黄色い灯りが、目に入った。
灯りの中心を辿って窓際を見ると、机に向かう黒髪の青年の姿。俯いていて顔は見えない。
軍服を着てはいるが、上衣のボタンは留めずに羽織っているだけ。
普段には見られないその着崩れた姿に、エドワードは思わず見惚れてしまう。
カタン、ペンを置く音が響いた。
「どうした?鋼の」
青年が顔を上げて、こちらを見る。
予想しなかった優しい双眸が向けられて、エドワードは微かに肩を震わせる。
「眠れないのか?」
「・・・ああ」
動かないエドワードに、青年は机を支えにして立ち上がった。軍服の中に着ている白い開襟シャツから、鎖骨が覗く。
どきん、心臓が鳴いた。
そう、弟だけじゃなくて。
(俺は、大佐も――)

「おいで。エドワード」
脳神経が麻痺するような静かで甘い声。
誘われるように、エドワードは部屋の中に足を踏み入れた。



「右腕は、痛くないのか」
無残に破壊された機械鎧の跡を、長い指がなぞる。
「ああ、今は・・・。着けるときはめちゃくちゃ痛いけど」
それが妙に心地良くて、エドワードは目を閉じた。
「大佐。助けてくれて・・・ありがと、な」
傷の男に狙われて。もう無理だと思って戦意喪失したあの時。頭の中にはただ雨の音だけが響いていた。
未だにあの時の自分が信じられない。
なぜ何もかもをあきらめてしまったのだろう。
「もっと早く見つけられなくて、すまなかった」
そんなことはないんだ。大佐。
(俺がどうかしていた)
死んでしまったら、もう二度と大佐に会えないのに。
謝るロイを否定してやりたくて、エドワードは左手で彼の胸元をぎゅっと掴んだ。
「俺…ごめん」
潤んできた目元を隠すように、白い肌が見える青年の首筋に顔を埋めた。
このぬくもりが、何より貴いことを自分は知っている。
「エドワード」
温かい両腕に抱きしめられた。
「もう、あんな君は見たくはないよ」
「うん…ごめん」
「横たわった君を襲うスカーを見たとき―。あまりの憤りに、奴を骨の髄まで燃やし尽くしてやりたいと、本気で思った」
固い声音。抱きしめる腕に強い力が込められる。
「大佐…」
その思いがどこまでも真実なのだと分かるから。
エドワードの瞳から、自然の摂理のように涙が零れた。
左腕を、ロイの背に回す。
(ああ、腕が足りない)
あんたを抱きしめる腕が。

「君が、生きていてよかった」
悲しげに、黒い瞳が微笑んだ。
心臓が痛い。
どうしてこの思いを一瞬でも忘れていられたのか。
あんたが大切なんだよ。
あんたを失くしたくない。
(あんたも、そう思ってくれてんのかな)
「心配かけて、ごめん」
いとしい。
けど、この思いを伝えるには、今は足りない。

目の前の男に左手を伸ばして、ボタンが無造作に外されたシャツの襟を掴んだ。
ぐい、引き寄せる。
「ロイ・・・」
大切なその名を呼んで。
甘い言葉が応える前に、
その唇を塞いだ。




この吐息を分け合って。
それでも足りない。
生きて、生きて、あんたのすべてを

この腕で 抱きしめてやりたい。
  
  
作品名:FAアニメ派生集 作家名:吉野ステラ