5月は恋の季節
ポケットに突っ込んでいた携帯電話が振動して着信を告げる。
発信先を確認するとギルベルトだった。授業をさぼって帰ろうかと思い始めたフランシスは、ついでに代返を頼もうと電話を取った。
『もしもし』
「!!??」
聞こえてきたのは先ほどと同じ柔らかい声。
驚きのあまり切ろうとすると、素早く制止された。
『待って、切らないでください!』
切羽詰った強い調子に、フランシスはびしりと固まった後、手の中の機械を恐る恐る耳にあてた。
『もしもし、もしもし? 聞こえていますか?』
電話の向こうの本田も不安なのか、何度も『もしもし』と繰り返す。くしゅくしゅとしたその音が耳にくすぐったくて、フランシスはため息の後「聞こえてる」と短く答えた。
『……よかった、あの、まだ切らないでください』
「うん、何か用事?」
自分でもそっけないと思ったが、用件もわからないし、どういう態度をとればいいのかもわからない。本田相手だといつも混乱しているな、と思いながら、フランシスは手近なベンチに座った。
一限目の始まる時間になり、歩いている学生はまばらだ。外でも声はクリアに聞こえる。
『先日はすみませんでした』
「ああ……俺の方こそ、ごめん。体、大丈夫?」
労わりの言葉はするりと出てきた。受け手の本田の方がフランシスより大変だったろうことは簡単に想像がつく。
小さく息を飲んだ後、密やかな笑いを含んだ声が返事をよこした。
『ええ……まあ、あちこち痛いし、沁みますが。大丈夫です。それで、電話したのは』
そこで一旦声が途切れる。
『お返しするものがありますので、お会いしたいんです。少しお時間いいですか』
「心当たりがないんだけど……ものは何?」
先ほど全速力で逃げだしたばかりだったので、顔を合わすのはさらに気まずい。出来れば会いたいくない。
『それはその……ちょっと電話では言いにくいので』
「誰か、それこそギル辺りに預けておいてもらえないかな?」
『私は構いませんが、ギルベルトさんの性格からして、確実に突っ込んでくるでしょうね。勿論、あなたにも』
その口ぶりからして、先日の一件が絡んでいるのがわかる。
あのブレスレットだろうとは思うが、確かに、それを本田が持っているのはおかしい。すでにギルベルトはブレスレットを失くしたせいで、フランシスがガールフレンドと別れたことを知っているのだ。
「ああ……」
『どうしますか。私はギルベルトさんやアントーニョさんにお渡ししても構いませんよ』
空いている手で目元を覆う。きっぱりした本田の声は、さあ選べと決断を迫っているくせに、妙に耳当たりがよくて心地いい。
投げやりな気持ちになったフランシスは、「今からそっちに行くよ」と告げた。
殴られたり、罵られたりしても甘んじて受けよう。覚悟を決めて、先ほど逃げ出した場所へ足を向けた。