CC大阪84無配
あの告白から一週間が過ぎた。
(耐久力が五割増し、ね。)
アポロンメディアで、非常時以外に自分の場所として与えられたデスク。モニターの半分を占める斉藤さんから送られたスーツの改良設計図をもっと拡大しようと、マウスをクリックした───
バキャッ!
だけのはずが、何故か音を立ててマウスは崩壊した。
「!?」
隣の気配が馬鹿みたいにびくうっっ!と大げさにはねて、おそるおそる帽子の下からこっちを窺ってくる。
俺の苛々は頂点に達した。まったく、人のことをウサギ呼ばわりする癖に、先日からビクビクふるふる自分の方がよっぽどそれっぽい。
まあ原因は自分かも───いや、間違いなく自分なのだが。
あの日以来、確かにオジサンは必要以上にこちらへ近付いてはこなくなった。ベタベタした、おそらくはスキンシップのつもりだろう各種アクションも止んだ。
しかし目は口ほどにものを言う、とはよく言ったものだ。
なくなった諸々の代わりに、オフィスはもちろんロッカー室で、トレーニングルームで、うっかりはちあわせた会社のロビーで、挙句の果てには捕物の一段落したパトカーの前で、オドオドしたもの言いたげな視線を寄越してくるのだ。
質量があるのかと錯覚しそうになるジトッとした視線を注がれ続け、いい加減に限界だった何かがぶち切れた。
バン!と机を叩いて立ち上がると、粉々になったマウスの破片が浮いた。ゆっくりと左を向き彼を睨みつければ、追いつめられた小動物のようにひきつった笑みが返ってくる。腹立たしさは増すばかりだ。
「な、ななな何かなバーナビー君っ!」
声が完璧に裏返っている。
俺はずいっと一歩踏み出し、眼鏡越しに睨みつけた。
「何なんですか貴方は!うっとうしい!」
今日はマダムが早退しており、窓際の席には誰もいない。室内には俺と彼だけ、つまり本性剥き出しに差し障りのない分、言葉には遠慮がなかった。
「仕方ねえだろ!?あんなコト言われて、今まで通りでいられるかっつーの!」
お得意の逆ギレだ。まったくうんざりする。
だがある程度は想定内の台詞だった。もっとも発動するのは一週間前だと思っていたが、この人と自分の間には時差が存在するようだ。
『じゃあ、パートナーを解消するしかないですね。』
あの日、周到に用意してあった台詞を口にするより早く、彼は机を蹴って立ち上がり(つまり今まで足は机の上だった)仁王立ちする俺に目を合わせてきた。
「つーか、そのコトだけどよ、」
「っ、何です。」
先程までの激昂はどこへやら、普段通りの顔に戻っている。彼は導火線も短い代わり怒りも持続しない。健忘症かと思うほど、切り替えも何もかも早かった。
こちらだけが取り残され───狂わされていく。
「やっぱ気のせい……とか、だったりしねえのか?」
「オジサン、それものすごく失礼なコト言ってるって自覚はありますか。」
「……スミマセン。」
素直に帽子が下がって毒気を抜かれる。散々悩んだ挙句の告白を気の迷いにされてはたまらない。
険しい表情の俺に、彼は不思議そうに首を傾げた。
「でもよ、何で俺なんだ?」
「っ!」
返事につまった。今になってそこツッコミますか、と苦々しい気分になる。
「通じ合ってんな、って時もあったけど基本バニーちゃんは俺のコトあんまり好きじゃねえと思ってたぜ?」
否定はできない。その通り、自分は彼が嫌いだ。後先考えず修羅場に突っ込んでは無意味に街を破壊する。そのせいで逃したポイントがどれだけあると思っているのか!
(……。)
けれど、それを上回る引力で惹き付けられてしまうのだからどうしようもない。ちょっとした仕草に目が離せなくなる。自分でも困っているのに、そんなもの。
「……分かりません。」
「あァ!?」
「僕が、聞きたいくらいですよ。」
零れた本音は、我ながら随分と頼りなく聞こえた。