仮面舞踏会
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一回りほど小さくなってしまったような肩を、ビリーは自分のほうへと抱き寄せた。
完璧な超人なんてどこにもいないという現実を、知った瞬間だった。彼は強い人だと、ビリーは勝手に思いこみすぎていたのかもしれない。
「大丈夫。僕はどんな君だってちゃんと好きだから」
グラハムのハッとしたような瞳が、こちらを見上げてくる。
「すべて今さらだよ。ホント、今さら何を言われたって、呆れたり嫌ったりなんてしないよ」
「カタギリ……」
「それで? 君はいったい何を言いよどんだのさ?」
なんでも言ってごらんと、じっと顔を覗きこめば、微かに頬を染めたグラハムの視線が泳いだ。
この感覚はとても懐かしい。
グラハムを『可愛い』と思うのは、こんなときだ。反応がとても初々しい。ビリーが現在、新鮮さの欠片もない生活をしているから、余計にそう思うのかもしれないが。
くるくるとした前髪をいじりながら言葉を待つと、ややシドロモドロになりながらもグラハムが答えた。
「わ、私はただ君と、会いたかったんだ。司令が声をかけたと聞いて。驚いて、それで。じょ、女装はついでだ! 断じて、したくてしたんじゃないぞ!?」
「うん。そんな君も面白くていいけど」
ビリーはクスクス笑ってからかったけれど、グラハムの台詞はすべて頭の中に入っている。
ただ会いたかっただけ、と彼は言った。そのシンプルな表現と思い。それこそがもっとも人の心を打つのだと、ビリーは知った。
「君の破壊力には、本当に敵わないよ」
「なんだ、それは!?」
まだからかわれていると思ったのか、グラハムの鼻息が荒い。せっかくのお姫様スタイルが台無しというものだ。
「ん。愛しているってことだよ」
「!?」
手の甲に恭しく口付けしてやったら、グラハムの身体が硬直していた。隙だらけの身をぐいっと手前に引いて、自分の痩せた胸の中へと潜りこませる。
「無礼をお許しください、姫君」
「ふ、ふざけているのか! 君は!」
「全然。まったく。ずっとこうしていたいよ」
ますます硬直した身体を、ビリーはややきつく抱きしめ直した。髪から肌からフローラル系の甘い香りが、ふわっ、と漂ってくる。
本当に女性みたいだ。本日何度目かわからない、同じ感想をビリーは抱いた。
寄り添ってチークダンスを踊るようにグラハムの身体を抱きしめ、ビリーはゆっくりとリズムを刻んだ。ちょうどホールの音楽とも合っていたので、揺りかごに揺られるテンポで彼の極度の緊張を解してやる。
「カタギリ」
「うん?」
「私は──、君のことを、好きでいていいのだろうか?」
ビリーはリズムを刻むのを止め、グラハムを見つめた。不思議な聞き方だった。
グラハムは猪突猛進に相手のことなどお構い無しに突き進んでいくタイプだ。その彼が、相手に遠慮するようなことを言っている。
そういえば先ほども『自信がない』と言っていた。あれはこのことを指していたのだ。
「いいに決まっているじゃないか。君に思われなくなったら、僕は悲しいよ。君は違うのかい?」
そう聞き返したら、すごい勢いで首が横に振られていて、ビリーは思わず吹き出してしまった。
「なら、それでいいじゃないか」
「──うん。そうだな」
思いのたけに素直なままで、真っ直ぐ突き進む君であればそれでいい。ビリーが愛するグラハム・エーカーはそういう男なのだ。
「珍しくしおらしかった原因はそれかい?」
「珍しいとはなんだ、珍しいとは」
「言葉のまんまだよ。らしくないなぁって僕に思わせる君じゃないのに」
見栄でもハッタリでもなんでもかましてみせるのが、グラハムという男だった。ビリーはその頬を両手で挟みこんだ。
「少し離れすぎたかな? 僕たち」
「……っ、だが、私は強制しない」
「そこは甘えてほしいのに」
ビリーはやや苦笑する。難しいなと思いながら顔を近づけても逃げる素振りはなかったので、ビリーはそのまま彼の唇を奪っていた。
久しぶりの抱擁と愛撫は、我を忘れさせるに十分な行為で、他からの視線などお構いなしに、露台で二人は抱き合い続けた。
「ねぇ、これ外しちゃダメかな? 素顔が見たいんだけど」
ビリーの希望に、グラハムは一瞬だけハッとしたように身を竦め、その後で何故だか頬をピンク色に染めあげていた。
「……女性が相手の前で仮面を外すのは、あなたを受け入れますという意味なのだそうだ」
グラハムの返しに、ビリーは面食らってしまった。そんな意味が含まれていたとは知らなかった。最近できたのかなと、社交界には久しく顔を出していなかった事実を、まさかこんな形で認識するとは思わなかった。
けれど好都合だ。あるいは願ったり叶ったりである。
「君の返事はどっち?」
「──ここでは外したくない」
希望とは少々違った返答だったが、オープンな露台で素顔をさらしたくない彼の気持ちは理解できた。
「じゃあ、移動しよう」
ビリーはグラハムの手を引いて、露台から直接階段を使い、中庭へと降りた。