仮面舞踏会
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準備も整ったところで、グラハムはベッドの上に四つん這いになった。この高潔な男にこんな格好をさせるのは、少しばかり申し訳ない気分になるが、それも恐らく初めのうちだけだろう。
ドレスの裾を持ち上げて腰の上に巻き上げていく。現れた内部に、ビリーは軽く目を瞠った。
「下着も女性ものなんだね。徹底しているなぁ」
「──君のおば上の職業はなんだ?」
「おばさん? 本業はメイクアップアーティストらしいよ。他にもいろいろ手を広げているみたいだけど」
「そうなのか……」
グラハムは昼間の乱交もどきを思い出して、顔を赤らめてしまった。一連の出来事は、絶対にビリーには内緒だ。
ビリーの指が下着にかかる。バーチャルじゃない本物と触れ合えることに、グラハムの下半身があっという間に熱くなった。辛抱の利かない身体と心にはしたなさを覚えるが、ようはそれだけ待ち焦がれていたということだ。
「もう固くなってるよ。一度出しておくかい?」
そのほうがビリーは長く楽しめるだろう。グラハムも頷いた。
「了解」
避妊具と一緒に出しておいたゼリーを手に取り、中身を絞り出して、ビリーの目の前に晒されている彼の蕾の上へと垂らした。
「う……ん、…」
少し冷たい刺激に腰が揺れる。蕾の上をクニクニとビリーの指が動き、上乗せされる刺激に声が勝手にあがっていく。
「あっ、あ…、焦らさないで、くれ」
「僕も早く入れたいけど、さすがにまだ無理だよ」
我慢弱いと自称する男らしい要望に、ビリーは苦笑する。おねだりは可愛いけれど、それで彼を傷つけるようなことになったら目も当てられない。
柔らかい力でマッサージを施しながら、血行を促して少しずつ解していけば、やがて指先が埋め込まれていくくらいには開かれていく。
ゼリーを追加しながら、ビリーは指をツプツプと埋め込んでいった。
「あう、う…」
ビクビクと震える背中に興奮を覚える。そのしなやかな背を撫で回してやりたい。そういった気持ちをなんとか堪えながら、ビリーはグラハムの快感を促す行為に集中した。
「あっ、くっ……、う……」
内部に挿入させた指を前後に動かし、もう片方の手で彼の性器をこすり上げる。グラハムは作りものの胸をマットの上に投げ出し、すでに腰だけを高くあげた姿勢で快楽を享受していた。
「はっ、あ、……ん」
「もうすぐ、かな……」
ビリーはかつての経験から、おおよその判断ができた。快感が極まってくると、グラハムは何かにしがみつく癖があって、いつもならビリーの腕や背中なのだが、今日は彼の背中からということもあり、その指はベッド上のシーツをきつく握り締めていた。
内部をかき回す指の動きを速くする。彼の声がワンオクターブくらい高くなったところで、ビリーの指をギュウギュウと締め付けながらグラハムは果てた。
「すぐに始めてもいい?」
倦怠感を抱えながら、グラハムは頷いた。やはり自分ひとりだけが達するのではなく、彼と共に、ビリーと一緒に昇りつめていきたいのだ。
そのほうがより興奮を覚えるし、また一体感も格別だった。
ふと正気に戻ったとき、グラハムはよくそんな自分を分析して『彼を好き過ぎる』のではないかと、不安に思うことがあった。
そしてそれはガンダムとの出会いと結末をへて、より顕著になった。好きが高じ過ぎた結果、今度はビリーのことも、と考えてしまったのだ。
それがグラハムをしり込みさせ、ビリーへの接し方すら迷わせたのだが、先ほど露台で聞いた彼の言葉によって、ようやくこのままでいいのだと思えるようになった。
少しだけ開かれた蕾にあてがわれる熱量を感じ、グラハムの心が喜びで震え上がる。
「入れる、よ」
「んあ、あっ…!」
わかってはいても、押し入ってくる質量に、グラハムはいつも小さな悲鳴をあげてしまう。太い部位が入り込むまでは、ビリーも慎重にゆっくりと分け入るようにしていた。
「…ん、よし、と。……入ったよ」
ビリーの声に、グラハムは「はぁ」と大きな息を吐き出した。
「カタギリ…、一緒に……」
「うん」
今度はビリーも、彼のおねだりに素直に頷いて、己の腰をまずはゆっくりと動かし始めた。
本当に、女装だろうと本物の彼だろうと、ビリーはグラハムといるときが一番、自分を満足させることができると思うのだ。
求められて、それに応える。この理想的な関係は他の誰とも作れない。満足感と充実感、この二つを同時に与えてくれるのはグラハムだけだった。
それなのに自分は、決して指先に止まることのない蝶を囲って、充足を得ようと足掻き続けている。己のうちにしか返ってこない満足など、なんの足しにもならないというのに。
ビリーはそういった現実を忘れたくて、グラハムの中にある分身を動かすスピードを上げた。
「あっ、あ、はっ、……ん」
背を仰け反らせ、金色の髪の毛を振り乱しながら、グラハムが切なげな声をあげる。感受性の強い彼だから、ビリーの変化にも気づいたかもしれない。でもそれを気づかせたくなかった。
ビリーは腕を伸ばして、グラハムの中心で揺れている性器に手を添えた。ゆるくこすり上げながらさらなる快感を与えようとしたら、
「ダ、ダメだ……!」
グラハムの拒絶の声にあった。
「なんで……?」
己の邪まに気づかれたかと、ビリーはドキリとする。けれど、返ってきた言葉は思いもよらないものだった。
「……まだ、別れたくない……!」
「! グラハム……」
その純粋な言葉は鋭く、それでいて甘さも含んだ棘となって、ビリーの胸に深く突き刺さった。
刺さった棘が痛くて涙が出そうになる。でもこれは当然の報いだった。涙の別名は良心で、刺さった棘は彼からの愛に置き換えられる。
つまり自業自得なのだ。
ビリーはこぼれそうになった涙を乱暴に拭った。
「本当に君という人は……、たまらないね。大好きだよ」
今度は本心から、心の赴くままに、グラハムの思いに応えるために、ビリーは努めた。
「あっ、そん、なに……、したら……」
「うん、ごめん……、でも、止まんないんだよ…」
一緒にと願うグラハムが昇りつめないよう、ビリーは彼の性器の根元をギュッと握りこんだ。
「ひっ」
辛いのだろう。シーツを握り締めて身体を震わせている。その背にごめんと謝りながら、ビリーは自身の快楽を優先させるために腰を進めた。
「もう、ちょっと……」
「ふっ、くっ……」
絶頂が近付いてくる。ビリーは腰を進めながら、グラハムの性器を握る手を離して上下にこすり上げた。
「ああっ!」
短い嬌声をあげて、グラハムの背がしなる。ドクンという大きな波の後で、小さな波が何度もビリーの性器を締め上げていった。
「くっ…」
きつすぎるくらいの刺激を受けながら、ビリーもグラハムの中で共に果てたのだった。