仮面舞踏会
豪華絢爛という言葉がピッタリはまるホールは、すでにたくさんの仮面をつけた男女であふれている。赤、青、緑、黒、白、黄、金、銀。存在しない色はないというくらい様々な色のドレスが中央で舞っていた。
「もう始まっているんだね」
「そうだな」
中に入ってもまだグラハムの手が離れることはなかった。ビリーもその手を振りほどかずに、ホールの端のほうへと『彼女』を連れて行った。
おじには引き立て役と言われたけれど、可憐な(そう見える)グラハムをあまり他の人の目に触れさせたくなかったのだ。
ホールの中へと入った瞬間にわかった。着飾った彼女に向けられる好奇な視線や羨望の眼差し、値踏みするようないやらしい視線の数々。ビリーだけのまっさらなグラハムがそれらに汚染されていくようで、たまらなかったのである。
けれど隠しようもない美しさというのは、当然隠せるものではなくて、わざわざ端まで近寄ってきては、歓迎もしないのに話しかけられる有様だった。
「やぁ、これは可憐なお嬢さんだ」
「どうですか、よかったら私と一曲」
「いやいや私と」
「どちらからいらっしゃったのですか?」
仮面越しということもあり、素顔をさらすよりも皆一層、大胆になれるらしい。我も、我もとおしかけてくる大勢の男性陣に取り囲まれて、エスコート役のビリーなど早々につまはじきにあい、輪の外からわずかに見える金色の輝きを眺めるしかできなくなっていた。
「グラハ……」
名前を呼びそうになり、それを止める。この名前はタブーだ。どうしようとオロオロするしかできない自分が心底情けない。
そのうち、輪が崩れだした。奥のほうから雪崩れるように一角が開いて、そこから飛び出してきたのは金色と濃紺の塊。さすがは軍人。どうやら彼は強行突破を試みて、それが成功したらしい。
追いすがる男たちから逃れようと走りながら、あたりをキョロキョロと見回している。もしかして自分を探しているのかと思いビリーは手を振ったが、彼の視界には入らなかったようだ。
この仮面は視界が本当に狭まる。ちょっと瞬きをしただけで、すでにグラハムの姿はどこにも見えなくなっていた。
「しまった……」
ビリーは真っ先におじ夫婦の顔を思い浮かべた。これは失態だ。絶対に呆れられるか怒られる。あの人たちは甥っ子といえども、いや、身内だからこそ容赦がないのだ。
それが証拠に、グラハムのことは目に入れても痛くないくらい溺愛している。
「なんだ、ビリー。一人かね? 彼女はどうした?」
「!」
ギクゥっと、ビリーの背が緊張で固まる。恐る恐る後ろを振り返れば、そこにはワイングラスを片手に持ったホーマーの姿があった。