ふざけんなぁ!! 7
「馬鹿みたいですね私達。でも楽しいです♪」
「……そだな。こういうの、いいな………」
子供みたいな仕草を見せる静雄がとても可愛く、また彼が物凄く幸せそうに笑ってくれるから、帝人もますます嬉しくなり、二人幸せな時間をすごせたのだ。
でも、そんな二人をビル陰から、贄川春奈が伺っていて。
「………何よ、何よあの女、平和島さんにあんなに馴れ馴れしくして……」
「春奈、いい加減にしろ。帰るぞ」
「……許さない……」
「春奈!!」
「喚かないで。平和島さんに気がつかれちゃうじゃない……」
「ストーカーは二度としないって、那須島の時に約束しただろ!?………ぎゃあぁぁ!!」
やかましい父親の向こう脛を力一杯蹴りつける。
思いもよらない急所攻撃に、大地に倒れて悶絶している父親にもう目もくれず、贄川春奈はぎりぎりと親指を噛んだ。
深爪し、防波堤が何も無い薄い皮膚は、直ぐに血が滲み出て、ぷくりと盛り上がる。
それを、ポケットからぱちんと取り出した折りたたみナイフの刃に、擦り付けて拭う。
いつもの手馴れた作業だった。
「……でもいいわ。あんな浮気程度で、私の愛は揺るがないんだし。ふふふ、平和島さんは許すけど、あの女は本当に邪魔ね。ああ、どうやって殺そうかしら……、ねぇ……、私の【罪歌】?……」
うっとりと、血を擦りつけたナイフの刃に、ピンク色した己の舌で舐める。
人を殺傷できる凶器を手に、くすくす気持ち悪い笑みを浮かべる少女には、現実、精神科の先生の力が必要だった。
だが、自分を食い物にしようとした那須島隆志を消してくれた愛しい男は、春奈に『自分を大事にしろ』と優しく言ってくれた筈なのに、今は手の平返したように冷たくなって。
本来彼女を慰めて癒す立場にある筈の両親も……、母は消え、父も社会と家庭両方に追い詰められ、病んで逆に娘に当たる始末である。
彼女には、もう何処にも救いが無かった。
――――――平和島静雄を手に入れさえすれば、きっと全て上手くいく―――――――
――――――あの強い男なら、全ての嫌な物から自分を守ってくれる――――――
――――――あの化け物が、私を愛しさえすれば!!―――――――――――
静雄にとって迷惑極まりないが、そんな独りよがりの妄執に縋るしか、彼女は未来の道標を見出せなかった。
一方、来良学園のグラウンドでは今。
「千葉から遠征ねぇ。しかも女一人を攫う為なんて、お前らの底の浅さが知れるぜ……、なぁ!!」
げしっと顔面、しかも口内めがけて足蹴を飛ばす。
折れた白い歯と飛び散る血が、正臣の靴先を汚した。
お気に入りのスニーカーだったから、それも腹ただしくて。元凶となった男へますます怒りが募って行く。
「……静雄め。俺の可愛い可愛い幼馴染を、よくも巻き込みやがって……」
携帯に、杏里からのメールが入っていたのに気がついたのが10分前。
直ぐに黄巾賊OBかつ、今はダラーズという手勢をかき集め、総勢三十人を引き連れて学校に戻ってきた彼は、静雄に痛めつけられて蹲る暴走族を更にフルボッコし、今回の騒動の原因を突き止めたのだ。
「いいか、今日を限りにてめぇらは『ダラーズ』を敵に回したと思え。もうここには二度と来んじゃねぇ。今度帝人の周りに現れやがったら、ぜってぇ殺すからな。ああそれと……、俺達はお前らが静雄を狙うのはかまわねぇから、殺りたかったら勝手に特攻かけやがれ。判ったな?」
もう一度、景気良くヘッドと呼ばれた男の腹を、力一杯蹴りつける。
一通りの暴行を終え、顔を上げた彼の目の前に、静かに佇む園原杏里と赤林の姿があった。
「あー杏里、連絡ありがとな。んで、帝人は?」
「平和島さんを上手に連れ出して、一緒に帰られました」
「ふーん、まぁあいつは馬鹿じゃねーし。嫌味な教頭に難癖つけられる前に逃げたか」
ぽりぽりと頭を掻いて惨状を見渡す。
バイクの残骸が散乱し、所々抉れたグラウンドは、ガソリンの嫌なにおいに塗れていた。
部活で使いたければ掃除が必須で、このくそ熱い初夏の炎天下に、多分働かされるだろう運動部員の怨嗟を思うと、また帝人の評判が下がりそうで憂鬱だ。
「私、こんな日がいつか来るんじゃないかって、心配でした」
杏里が手に持っていたのは丸められた東京災時記で、あの忌まわしい静雄と帝人のツーショット写真のページは、多数の指紋と指跡でべこべこになっていた。
暴走族仲間内で回し読まれた挙句、きっと顔写真は写メに撮り直され、今頃はメールか独自の掲示板か何かで晒し者にされているだろう。
迷惑な話だ。
『平和島静雄の彼女』というレッテルを貼られてしまった帝人は、今後益々【静雄憎し】な奴らの標的にされるだろう。
こいつらみたいな静雄を倒して名をあげたい地方遠征の不良どもにも、狙われる羽目になるかと思うと、正臣は怒り心頭に達した。
「もし帝人が今後、あの男のせいで危険に巻き込まれる事になったら、そう、俺は絶対に平和島静雄を許さねぇ。何が何でも二人を別れさせて、速攻帝人を埼玉に戻すからな」
「はい、私は紀田君を手伝います。という訳で赤林のおじさま、この件では、絶対平和島さんに味方しないでくださいね」
「おいおい、杏里ちゃん……」
「でないと私、おじ様のことを嫌いになります」
きっぱり言い切る彼女に、うぐぐぐっと、赤林は反撃する言葉を飲み込まざるをえなかった。
杏里がどれだけ親友となった帝人を大切に思っているかも耳にしていたし、何より彼女は赤林にとって、初めて惚れた女が残した、大事な忘れ形見である。
静雄と杏里、どっちにウエイトが高いかは一目瞭然で。
こうしてアンチ静雄同盟の輪が、静かに広がっている事を、平和な静雄は全く気がついていなかった。
★☆★☆★
パーラーで美味しいパフェをぺろりと平らげた後、帝人は静雄のおごりで一緒に二時間もカラオケをした。
腹ごなしの軽い気分だった筈なのに、彼の力強い演歌に聞き惚れ、自分も三年前に流行ったJ-POPを大いに歌い、とても楽しい時間を過ごした。
その後も静雄に連れられ、今度は露西亜寿司で『七夕記念握り』という怪しげな特別寿司を三人前、お持ち帰りで包んで貰い、自動的に夕飯の支度も免除になった。
「静雄さん、私、こんなに楽させていただいて、いいんですか?」
「おう、お前はいつも頑張ってくれてるからな」
静雄の心配りと優しさに感激しつつ、ほくほく帰宅すれば、パジャマ姿の幽が家電話を使って電話中で。
《ばあちゃん、三十秒経った!! 今度はわたし!!》
《ひっこんどれ馬鹿娘、お前にゃ敬老精神が足りん!!》
《ルール決めたでしょ。わたしの番よ、貸して!!》
無表情で佇む幽が持つ、受話器に向こうから聞こえる賑やかな聞き覚えのある声に、帝人は瞬く間に羞恥で真っ赤になった。
「お母さんお婆ちゃん、二人とも何やってんのぉぉぉぉぉぉ!?三十秒ルールって、あんた達は子供かぁぁぁぁぁ!?」
絶叫すると、いつも冷静な幽が、『はい』と受話器を渡してくれて。
帝人はそれをぷるぷる握り締めた。
「幽さんの前で、竜ヶ峰家の恥を晒すな!!」
《帝人邪魔よ!! 折角わたしが楽しく羽島幽平クンと、お話してたのに》
作品名:ふざけんなぁ!! 7 作家名:みかる