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永遠に失われしもの 第11章

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 ヴァチカン法王庁のサンピエトロ聖堂で、
 エット-レ卿の正午の葬儀ミサが
 厳粛に行われている。

 重厚なオルガンの音が鳴り響いた後で、
 教皇が、ミサの壇上に現れ、重々しい口調で
 語り始めた。


 漏れ聞こえるオルガンの音が止むと、
 葬儀屋は、サンピエトロ広場で
 しゃがんで、広場の幾何学模様の入った
 石畳に黒いローブをすりつけながら、
 鳩に、クッキーを粉状に擦りつぶして、
 餌をやっていた。

 広場は、常日頃は観光に来たもので賑わっているが、今日だけは、
 弔問のために訪れた各地の聖職者やローマ市民や、近隣のものに限り開放されていて、
 あたり一面、厳かな空気と
 黒づくめの人々が重々しい足取りで、
 聖堂に向かうばかりだった。


 先程までさんさんと差していた日に、
 雲がかかり、さっと影が差して、
 鳩が一斉に空へと飛立った。

 葬儀屋は顔をあげず、振り向きもせずに、
 話しかけた。


「もうそろそろ来る頃だと思ってたよ...」

 
 葬儀屋の背後の黒い影が、
 葬儀屋の首元に冷たい刃を添えて答えた。


「それはそれは、お待たせしてすみません」


「執事君、そんなものは余計だよ..」


 ふわっと身を翻し、すぐに一メートル以上
 セバスチャンから離れたところに、
 葬儀屋はヒッヒッと笑いながら、
 ゆらめいて立っている。
 
 そしてもう一度後上方にすらっと跳躍し、
 広場を半円状に囲む回廊の
 屋上に降り立った。

 
 すぐに、セバスチャンも追いかけて跳躍し
 葬儀屋の目の前にたつ。
 

「ぼっちゃんはどこですか?」


 雲が切れ、陽光がまたもどり、
 セバスチャンの漆黒の艶のある髪にまた、
 光がきらきらと反射を始めているが、
 その下の顔は、
 冷たく波一つ立たない湖のように、
 全くの無表情だった。


「私じゃないよ...彼を連れ去ったのは」


「心あたりがあるのですね?」


「ヒッヒッ...それはどうだろう?
 知りたいかい?公爵の居場所を...」


 葬儀屋の前髪にかくれて
 その表情は見えないが、
 口は三角に開かれ、ケラケラと笑い声が
 聞こえる。


「あいにく、
 今日は『極上の笑い』を提供できるほど
 私は暇ではありませんよ」


「いつもの余裕がないんだね...執事君」


「ええ、主を奪われたとなっては--
 なので、実力行使で!」


 セバスチャンはざっと走って間をつめると
 葬儀屋の喉元目掛けて、恐ろしいスピード
 で、蹴りを繰り出す。

 葬儀屋はその痩躯をさらに翻して、
 セバスチャンの後方に、
 さらに距離を広げて立っている。
 その枯れた枝のように細い手には、
 まさに正統派のデスサイズと言うべき、
 伝統的な死神の大鎌が握られていた。

 
 セバスチャンの急所を的確に狙う蹴りを
 葬儀屋は確実に大鎌で受け止めていく。

 だがじりじりと、
 葬儀屋とセバスチャンとの間合いは、
 セバスチャンによって詰められていく。

 そして、
 葬儀屋が大鎌をセバスチャンの腹めがけて
 大きく振ると、
 漆黒の執事は、内ポケットから銀のナイフ
 をさっと取り出し、葬儀屋の眉間に
 手首をスナップさせて投げた。

 すっと横によける葬儀屋の
 頬にかかる銀色の髪がナイフによって
 切られ、散っていく。
 そして、そのまま投げられたナイフは
 回廊の上に立つ284人の聖人像の内の
 一つに当たって、鋭い音を立てた。


「ああ...いけないよ、
 今日はセレモニーの日だし、
 大事な美術品を壊してしまっては...」


「では、お教えください」


 ふーっと大きな息を吐いて、
 死神の大鎌を持ち替え、葬儀屋は
 回廊の上に座って、つぶやいた。


「もう、君ほど若くはないからねぇ...
 君と真剣勝負なんてこりごりさ...

 でも楽しかったけどね」


「ええ、私もお陰で堪能させて頂きました」


 セバスチャンが初めて
 その白い端正な顔に笑顔を浮かべる。


「君たちは可愛いね...公爵と執事君は..」


「お褒めに預かり光栄です」


「だから、教えるわけにはいかないのさ。
 君に公爵の居場所を...」