こらぼでほすと 漢方薬1
「報酬っていうのは、ちと味気なくないか? 愛の確認とか? 」
「何、恥ずかしいことほざいてんでしょうね? うちの宿六は。」
いちゃこちらとした会話をしつつ、ニールのバイタルサインを確認している沙・猪家夫夫のいる空間に割り込める兵はいないだろう。
エターナルは、無事にプラントへ寄港した。いつものドックではなく、公式の宇宙港へ停泊し、連絡橋を繋げると、イザークとディアッカが待っているターミナルへと一同が移動する。表向きは、歌姫様の来訪ということになっているが、ちゃんと、キラとアスランも歌姫の後に続いている。
ターミナルには忙しいはずの議長様が満面の笑みを浮かべて待っていた。もちろんのことだが、待っていたのは歌姫ではない。手にしていたバラの花束を差し出したのは、歌姫の背後にいたキラに、である。
「ようこそ、プラントへ。キラくん。」
「こんにちは、ギルさん。」
ここには、他の首脳陣もマスコミもいないからも議長もやりたい放題だ。歌姫様の護衛陣も、イザークとディアッカも、そこいらはスルーする。この変態にも、少しは気分良く、こちらのオーダーを聞いてもらうためには、エサは必要だ。
「ラクス様、スケジュールは送られてきた通りだろうか? 変更はないか?」
「ございません、イザーク。ひとまず、ホテルに入って、歓迎レセプションに参ります。キラのほうは、科学技術局のほうです。」
歌姫とキラでは、来訪の目的が違うので、ホテルからは別行動になる。滞在は十日間の予定だから、その間は、どちらも忙しく分刻みのスケジュールだ。
「桃色子猫ちゃんは、ちゃんと降ろしたのか? アスラン。」
ディアッカは、議長のオイタを監視しているアスランに、小声で声をかける。途中で、桃色子猫は組織の迎えの小型艇に移乗した。プラントまで一緒だと、いろいろと面倒だから、そういうことにしたのだ。
「予定通りだ、ディアッカ。」
アスランは視線をキラと議長に固定したまま、返事をする。次は、いつになるかわからないから、キラも歌姫も、桃色子猫とハグして分かれた。絶対に諦めないでください、と、歌姫もキラも真剣に桃色子猫に命じた。諦めた瞬間に、全てが終ってしまうからだ。最後まで諦めなければ、何か道は開けるかもしれないという希望で戦える。それだけは忘れないで、と、ふたりは真面目に言った。桃色子猫も、大きく頷いて笑った。それが、とても印象的だったな、と、アスランも思い出す。
「うちへ搬送する部品や消耗品のリストは、後で渡す。漏れているものがないか、チェックしてくれ。」
「了解だ。」
エターナルで、正式に寄港したのだが、『吉祥富貴』が所有するプラント製のMSの部品や、それに関連する付属品も積み込む算段になっている。子猫たちの組織が動き出せば、それは膨大な量で消費することになるから、そのためのストックを用意するためだ。機体が順次、ロールアウトしていくから、まだ再始動まで時間はあるだろうが、何度もエターナルをプラントに往復させるほどの余裕はないし、プラントから配達してもらえるものでもないから、今回の来訪は、その用件もあって実現したものだ。
「そろそろ、お時間ではありませんか? デュランダル議長。」
キラと握手したまま、手を離さない変態の手を軽く掴んで、歌姫様はキラを取り戻す。
「名残惜しいが仕方がない。キラくん、明日は、私と会ってくれるね? 」
議長は、このまま行政府へ戻ることになっている。だから、キラとは、ここでお別れだ。
「システムの会議が、時間通りなら? 」
「そのように手配しているよ。何か欲しいものはないだろうか? 」
「うーん、こっちで新しいゲームが発売されてるなら欲しいかな。」
「わかった。調べておこう。」
大明神様には、あまり野心というものはない。だから、そんな程度のおねだりになる。
「後ね、グフの機体の新しいバージョンが見たいな? ギルさん。システムが変わったんでしょ? 」
「それなら、手配させて一緒に見に行こう。私も、まだ確認していないんだ。」
「乗ってもいい? 」
「ああ、なんなら模擬戦はどうだろう? フェイスの人間を鍛えてやって欲しい。」
「うん、それいいな。あ、ルナマリアに会いたい。」
「それは大丈夫だ。きみの護衛に、ルナマリアを指名しておいた。ホテルで逢える。」
キラは、思いつくままにリクエストしているのだが、イザークあたりは、おいおいと、こめかみに手をやっている。キラが見たがっているのは、最新鋭の汎用型のMSだ。本来は、極秘扱いのものだが、議長は、そんなことは丸っと無視した。ついでに、キラに模擬戦までさせてやるなんて、どこまで甘やかす気だ、と、ツッコミたいところだ。
「メイリン、おねーちゃんがホテルに居るってっっ。早く行こう。じゃあ、ギルさん、またねー。」
と、言いたい放題にリクエストを出すと、キラは歌姫とメイリンの手を取って、とっとと歩き出している。議長も苦笑しつつ、手を振り返す。さすがに、予定があるらしく、後追いはされなかった。
「俺、模擬戦させられるフェイスたちのことが心配だぜ? 確実に、自信喪失する。」
精鋭揃いのフェイスとはいえ、大明神様に敵うわけがない。何機か束になってかかれば、どうにかなるかもしれないが、単独での模擬戦では、とてもではないが、勝てる見込みはない。ついでに言うと、キラには手を抜くとか、相手に花を持たせるとかいう社交辞令的な行動はないので、コテンパンにやられること請け合いだ。
「キラひとりに勝てないのは情けないな、ディアッカ。」
ディアッカのぼやきに、アスランも苦笑する。ここにいるザフトレッドのスーパーエリートたちも、誰もキラには勝っていないからだ。辛うじて引き分けに持ち込んだのはアスランだけだし、シンは勝っているが、単機の一騎打ちではなかったので微妙なところだ。「白い悪魔」というキラの徒名は、伊達ではない。そういうことを絶対に、議長はフェイスに披露しないだろう。
「黒子猫も腕チョンパされてるしな。」
「あれは、キラの作戦勝ちだ。もしかしたら、黒子猫なら、どうにかするかもしれないぞ、ディアッカ。」
あの時は、地上に親猫が居ると騙した別荘があって、キラが、それを背後にしていたから、黒子猫のほうはビームを撃てなかったのだ。そういうハンデがなければ、違っていたかもしれない。
ラボの医療ルームでは、ようやく発熱から開放されて、ニールは昏睡状態になった。ここからは、適度に水分や栄養の補給をして、寝かせておくだけだから、八戒と悟浄も一息ついている。
「ちょっと代わってやるから、休憩しろよ。」
そこへ、休み時間になった鷹が顔を出した。ニヤニヤと楽しそうに、ニールのベッドを眺めている。
「何、悪さするつもりだよ? 鷹さん。」
「悪さってのは、酷い言いがかりだな? 悟浄。ママに愛を囁いて睡眠学習を目論んでいるだけさ。」
「はあ? 」
そっとニールの耳元に近寄って、「きみが一番逢いたい人は、ムウ・ラ・フラガだ。」 と、非常にいい声で囁いている。
「無駄なことを。」
作品名:こらぼでほすと 漢方薬1 作家名:篠義