こらぼでほすと 漢方薬2
「あははは・・・それだけ怒鳴れるなら元気だな? じゃあ、そっちのお守りは任せる。せつニャンのほうは任せてくれ。」
どこまでが本気で、どこまでがからかいなのか、鷹の場合は不明だ。さすがに、ファクトリーでいかがわしいことはしないだろうと願いたい。やれやれ、と、外の景色を眺めたら、すでに太陽が昇っている。庭の焼けた部分は、ほぼ撤去されていて、木を植えるつもりだろう、穴が開けられている。
エターナルも、騒ぎが終ったから、大気圏降下を始めているだろう。何時間かすれば、みな、戻って来る。あっという間に夜が明けた、という感覚だ。何がなんだか慌しく作業していたから、時間の経過がよくわからない。なんにせよ、無事に終った。ファクトリーへの連絡も、鷹からのもので最終だ。後は、あちらで大修理になるから、刹那も、しばらくは戻れないだろう。そんなことを考えつつ、ニールも椅子に座ったまま、伸びをして目を閉じる。コールがあれば、目は覚めるだろうと思っていた。
トダカから朝一番の連絡が入った。ようやく、自宅に帰っていた沙・猪家夫夫も、相手が相手だから慌てて対応する。
「すまないが、一緒にラボのほうへ戻ってくれないか? おふたりさん。」
「何かありましたか? トダカさん。」
「事態は収まったんだが、ニールが熱出して倒れたらしいんだ。それで、看護士から、私のほうに連絡が入ってね。」
「あーすいません。うち、携帯が繋がらなかったんですね。」
電源は入っていた。ただし、ようやく、うちに帰ったから、疲れて眠ってしまったらしい。着信に、夫夫ともに気付かず寝ていた。
「まあ、それはいいんだ。ただ、かなり高い発熱なので、クスリが効いてるのかどうかが、看護士にもわからないらしくて、診断して欲しいんだそうだ。」
現在、化学療法の薬剤は一切使用禁止にしている。発熱が判明した時点で、看護士は漢方のクスリを飲ませてくれたらしいが、下がっている様子がないらしい。これ以上、どうにもできないから、治療責任者に連絡が来た。
「わかりました。すぐに準備して伺います。どちらへ? 」
「いや、うちのものに迎えに行かせるよ。二十分くらいでいいかい?」
「はい、お願いします。」
とりあえず、別荘に電話して、状態を確認した。四十度は越えていないが、かなり近いところまで上がっているらしい。保冷剤でカバーしてください、と、指示だけだして、八戒も飛び起きる。
「おかしいですね。もう、発熱するはずがないんですが・・・」
「あのさ、八戒さん、ママニャン、昨日の騒ぎ知らないで、すやすやと寝たと思うか? 」
横手でだらだらと伸びている亭主が、そう指摘すると、はっと、女房のほうも口元に手をやった。
「あ、もしかして・・・参加? 」
「まあ、そうじゃないか? あの性格だからな。」
ふぁーと欠伸して亭主のほうも起き上がる。騒ぎの報告が入って、すぐに鷹はとんぼ返りしたが、他は店があるから待機していた。というのも、現役引退組のトダカと、対人間チームの面々なんてものは、こういう場合には、あちらの手伝いはないからだ。夜明けまでには完了させる、とは聞いていたが、それだけだ。
「しまった。そうか、それじゃあ、フルタイム参戦してたとしたらダウンくらいはしますね。」
「てか、あの状態で、フル参戦するのが、ママニャンだよなあ。まあ、黒子猫のことだからしょうがないんだろーけどさ。」
これが、緊急事態でなければ、ラボのスタッフも手伝わせなかっただろうが、生憎と緊急で、間の悪いことに、そういうことを一手に引き受けている大明神様が不在だった。こうなってくると、猫の手でも必要ってことになっていただろう。サイドテーブルの時計を確認すると、すでに十時を回っている。そら、連絡がつかなければ、トダカのところに回るだろう。
「とりあえず駆けつけますか? 女王様。」
「そうですね。熱を下げるしかありません。」
どうせ、別荘に顔を出す予定だったから、予定通りといえば、そうだ。今夜も、予約客があるから、あちらで治療したら、また、とんぼ返りだが仕方がない。
「終るまで、あちらから出勤します。」
「うん、そのほうがいいな。いちいち、呼び出し食らったら、やる暇がない。」
「トダカさんに迷惑をおかけしました。謝らないと。」
「いや、いいんじゃね? たぶん、お父さんも行きたくて、やきもきしてたと、俺は思うぜ。」
昏睡から覚める今日当たりに、トダカも顔を出すつもりをしていた。だから、連絡で慌てたのだろう、というのがわかって、微笑んでしまう。トダカのニールへの過保護具合は、半端ではない。
慌しく準備して、外へ出たら、すでにクルマが待っていた。トダカとアマギが乗っている。それに乗り込むと、空港へ向かう。そちらから、オーヴのジェットヘリで一目散とばかりに別荘へ向かった。今、運転手が出払ってるから、と、トダカは暢気に言うのだが、これ、軍用ですよね? と、八戒は驚く。元オーヴ軍の軍人様ではあるが、退役した人が、ほいほいと使っていいものとは思えない。
「これ、いいんですか? アマギさん。職権乱用とか? 」
「いいんです。トダカさんは、退役していても、特別なので、緊急には使えるように、カガリ様から軍のほうに指令が出ていますから。」
「緊急? その緊急って、オーヴに関することなんじゃ・・・」
「うちの娘さんの治療に行く人を送迎するのは、緊急だよ、八戒さん。」
ああ、そうですか、と、沙・猪家夫夫も頷くしかない。緊急の意味が、かけ離れているような気がするが、トダカがいいならいいだろう、ということにしておく。いつものヘリなら三十分はかかるところ、ジェットヘリは二十分かからずに到着した。
「さあ、とりあえず治療を。トダカの機嫌が最下層まで行くと、我らも危険ですから。」
アマギが、さあさあと急がせる。トダカさんの機嫌が最下層? とても普段から考えられない言葉だ。
「アマギ、私は無差別攻撃はしないさ。軍の上層部の抜けっぷりを指摘するぐらいだよ。証拠もつけてね。」
「だから、トダカさんっっ。それだけはっっ。」
「だいたい、あいつらは、暢気すぎるんだ。」
「わっわかっておりますっっ、不肖アマギが、それは、きっちりと報告をさせていただきますので。なにとぞ、穏便に。」
背後から聞こえている言葉は、スルーする。トダカの暗黒面なんて知りたくもないから、駆け足で別荘へ入ることにした。
最初に見つけたのは、レイだ。仮眠室で寝て、起きて、すぐに管制室に入ったら、ニールは操作盤に頭をつけて眠っていた。連絡の如何をチェックしたら、ちゃんと返事はされていて、疲れて眠っているのだろうと、肩を揺すったら、そのまま椅子から転がり落ちた。電池切れの状態だと気付いて、慌てて、シンと看護士を呼んで、医療ルームへ運び込んだ。寝ているだけなら問題ないだろうと、思っていたら、いきなり発熱が始まって、八戒が用意していたクスリを適量飲ませても、下がる様子がない。
作品名:こらぼでほすと 漢方薬2 作家名:篠義