永遠に失われしもの 第12章
ウファの朽ちかけた教会の、
辛うじて倒壊を免れている塔の上に、
月光を受けてなお銀色の長髪が際立つ
葬儀屋と、夜の闇に溶け込む漆黒の執事が
立っている。
「どうしていつも、こういう高所に
出口が開かれるんですか?」
「さてねぇ...執事君は
高所恐怖症なのかい?」
「まさか」
セバスチャンは、すっと飛び降り、
地面に静かに着地した。
続いて背後に葬儀屋も降り立つ。
「随分と...ここは冷えるねぇ...」
暗いながらも、地面にはところどころ、
白く月の光を反射している残雪が見えた。
「すぐ終わらせますから」
正面の扉はすでに無く、入り口上部には
蜘蛛の巣がはっている。
中に入るまでもなく、
そこでは淫靡な宴が開かれているのは、
一目瞭然であった。
「あれは黒ミサかい?」
「ええ、ですが--
魔方陣も正確ではないですし、
召還呪文も怪しいものですね。
これでは、悪魔に呼びかけても、
とても召還なぞできないでしょう--」
「それでも彼らは、生贄を殺して捧げて、
悪魔を呼ぶつもりなんじゃないのかい?」
「どうでしょう--
ただの小さな村にとっての密やかな楽しみ
反キリスト教を象っただけの、
乱交の宴のような
気もしますが--」
セバスチャンは細く尖ったその顎に
指を当てながら、
少しあたりを見回している。
「どうやら、ここでは、
ぼっちゃんの気配はしませんね--
確かにここから、
私を呼ぶ声がしたのですが」
「伯爵が彼らによって、
呼ばれたってことかい?」
「ぼっちゃんは、
人間と魂の契約を結ぶことを
拒絶していましたから、
自分の意思で
彼らと交信したわけじゃないでしょうね。
おそらくは、無意識のうちに、
呼びかけられて、反応したものの、
やめたか、あるいは
また無意識にもどってしまったのかと。
ただ悪魔にとって、
望まないのに人間に呼ばれるなどと、
そこまで無防備な
状態になるというのは--」
葬儀屋は寒そうに、手を袖の中に
すっぽりしまい込んで、
暫く考えてから話し始めた。
「では死神たちは、アレを伯爵に
使ったのかもしれないねぇ」
「何ですか?アレって」
「う~ん...幻覚をみせたり苦痛を与える、
一種の拷問用の薬だよ...」
セバスチャンは、一瞬瞳を燃やし、
目を大きく見開いて、
葬儀屋の胸ぐらをつかんだ。
「イタタ...苦しいよ...気持ちいいけど」
セバスチャンは手を離して、尋ねた。
「それで、それの副作用は?」
「精神障害や、知能減退、まぁ人間なら
廃人ってやつかねぇ...」
セバスチャンは眉を顰めて、
きつく唇を噛んでいる。
しばらく二人は無言のまま、
立ち尽くしていた。
司祭の詠唱が終わり、
皆がグラスの中のワインを飲み干して、
グラスを地面に叩きつけ割る音がした。
そして、
古びた教会内から、嬌声や、喘ぎ声が
聞こえ始めると同時に、
セバスチャンの頭の中に、
またシエルの声が響く。
・・呼べ・・・呼べ!・・
・・・セバスチャン!・・来い!・・
「また--呼ばれています。
すみませんが、
もう一度空間を開いてもらえますか?」
「ヒッヒッ....小生は君の足かい?」
「同じ死神だったものとして、
責任とってもらいましょう」
と表面上はにっこり笑っているものの、
セバスチャンの表情には、
その残忍さがにじみ出ている。
「ふぅ~...わかったよ...
今度はどこだい?」
「ローマの地下墓地カタコンベに--」
音も無く、葬儀屋が死神の大鎌を振る。
二人の姿が消え去った後、
一陣の風が教会内に吹き込み、
蝋燭の灯をはためかせた。
作品名:永遠に失われしもの 第12章 作家名:くろ