永遠に失われしもの 第12章
シエルは瞳を閉じたまま、
暗闇の中をたゆたう。
まるで闇に抱かれているように、
手と足に重い枷を嵌められたまま、
その身体を丸めて、
名も無き空間を漂っている。
・・呼べ・・呼べ・・
シエルは、定かに自分の名前を
呼ばれているわけではないが、
それでも自分を呼ぶ何かを感じている。
「神の玉座を砕き、抗う、
我らが獣の印を持ちし王よ」
シエルの頭の中では、何度と無く、
自らがセバスチャンを召還した際の記憶が
再現され、それによって苛まされている。
黒い羽が舞い降りたあの瞬間・・
自分が半身を失ったあの瞬間・・
救われ、祝福されることのない、
呪われ、血塗られた道を未来永劫、
進まねばならぬと定められたあの時を・・
薄っすらとその紅蓮の眼を開けると、
眼下に、闇に浮かぶ、
黒いローブの男女どもが見える。
裸女の祭壇に掲げられたのと同じ、
逆さ十字架のクルスを下げて、
真っ赤な血のような蝋燭を片手に、
聖句を逆さから読みあげ、
呪われた詩を捧げている。
・・やめろ・・それはもう・・
終わったはずのこと・・
僕の過去に・・触れるなっ・・
群集の陶酔が一段と高まり、
淫靡な交わいが始まろうとしている。
闇の司祭が高らかに叫ぶ。
「我らが闇を愛する者どもよ。
神を冒涜せよ。
彼の命の書を焼き払い、
獣の刻印を持ちし、
その穢れた霊を敬え」
・・汚い手で・・僕に・・触れるなっ!・
・・僕の心に・・
・・僕の記憶に・・触れるな!!・・
「我らが積年の計略を完成するために、
いざ出よ、我が闇の王よっ!
我らが残忍な殺戮を愛でる王よ、
我らの前に降臨したまえっ!」
高揚した群集がその陶酔の中で、叫ぶ。
「さぁ!生贄の子羊をっ!!」
闇の司祭が高らかに叫んだとき、
裸女の祭壇に、赤子が捧げられ、
長い槍をもって、
上から一気に心臓を貫かれた。
そして、その時、シエルの肉体は、
地面と重力とを感じた。
作品名:永遠に失われしもの 第12章 作家名:くろ