二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

Alf Laylar wa Laylah

INDEX|18ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

「そういうことなら」
 ジャンは体を震わせ、アルを見上げた。
「俺に乗ってけよ、運んでやるからさ」
 大柄な狼だからって人が乗れるわけが、と断ろうとしたアルの前で、ぶるりともう一度体を震わせたジャンが膨らんで見える。
「は…?」
 瞬きの間に、狼は二回りくらい大きくなっていた。確かにこれなら大人一人くらい余裕で乗れそうだ。
「乗れよ。俺は体動かしたくてしょうがないんだ」
 何十年も腕輪ン中にいたからな、と楽しげな声を出すジンに、アルは負けた。



 下の息子が街から遠ざかっていく気配を感じながら、ホーエンハイムはそんなことはおくびにも出さず、にこにことピントのずれた笑顔を浮かべて領主の対応をしていた。
「それで、息子はいつ帰ってくるんだ?」
「さあ、修行の進み方次第なんだがね。しかし、領主殿、この前は修行を待つと言っていたじゃないか、何かあったのか?」
 とぼけた顔で問いかければ、領主はうっと詰まった。これは何かあったな、とホーエンハイムはとぼけた顔の下で考える。アルも街から出させて正解だったようだ。
 巡検使の腕輪と狼のジンがいれば特になんということもなく逃げられるだろう。それに、アルはエドに比べて人の心の機微を読むことに幾らか長けている。その気になればどこでもうまくやっていけるだろう。だからあまり心配はしていなかった。
「…あなたに隠し事をしてもしょうがない。実は、都をジンが荒らしているという話があるんだ」
 顔色の悪い領主に、ホーエンハイムは目を瞠った。これは演技ではない。
「ジンが? 出没している? 都に?」
「そうだ。魔道師、魔術師、呪い師を抱えている街は差し出すように触れが出た。…錬金術師にも」
「錬金術師はジンと戦う術はもたないぞ、盗賊は退治できるが」
 領主はホーエンハイムの得体の知れない実力を恐れている。だからあまり居丈高に出ることはなく、どちらかといえば遜った態度を取る。だがだからといって完全に信用しているということはやはりなくて、息子が消えたことをいぶかしんでいるのは知っていた。だが静観していたのが急変したのにはそういう事情があったらしい。
 ホーエンハイムは顎を押さえた。ジンは確かに悪戯好きで人に悪さをするが、だからといって魔道師連中が駆り出される程の被害を出したことは過去にない。連中にはあまり連帯感というものがないので、連動して動くということがあまりないせいだ。
 しかし、実際に都に多数のジンが出没しているからあらゆる術師が集められているのだろう。これは問題だ。ホーエンハイムの理想は、愛する妻と定められた日の最後まで共に生きることなのに、途中でそれを邪魔されたらかなわない。
「しかし、王の命令は絶対だ、逆らえない…」
 とはいえホーエンハイムが街を離れてしまっては自分の身が不安だというわけで、王は錬金術師の二人の息子のどちらかをと思ったらしい。ホーエンハイムは溜息をついた。
「しょうがないなあ…それじゃあ俺がちょっと様子を見てくるしかないか」
「はっ?」
 領主は目を見開いてホーエンハイムを見つめた。上の息子が帰ってこなくても下の息子がいるではないか、その顔にはそう書いてあった。
 しかし、他人の思惑などホーエンハイムの知ったことではない。
「だって、エドは帰ってこないし、アルは病気で寝ているんだ」
「び、病気?」
 なんだってこんな時に、領主は目を白黒させた。いっそ気絶してしまいたかったくらいだ。
「そう、病気。かわいそうだろ? でも、何かあっても動けないだろうから、その間不安だよなあ…」
「そ、そうだとも、ホーエンハイム殿がいないと…」
「でも、アルとトリシャは別の街に預けていけばいいか」
「心配って、そっちの心配か!」
 街のことじゃないのか、と卒倒せんばかりに叫ぶ領主に、ホーエンハイムは心から不思議そうな顔をして首を傾げた。
「そうだよ? 決まってるじゃないか」
「……………!!」
 頭をかきむしりながら絶句する領主に、ホーエンハイムはのんびりと続ける。
「なんだって家族より街を心配しなくちゃいけないんだ?」
 領主にもわかっていた。これがホーエンハイムの手だ。どうぞお好きに、と見捨てようとするのが。そしてこの得体の知れない男はきっと言った通りにする。領主が飲むしかない。昔からこの繰り返しだった。井戸を掘らせろだのなんだのと、その度に「じゃあ、俺出てくね、うまくやれないならここにいるのも悪いだろ」なんてしゃあしゃあと言ってくれるのだ。領主が手放せないということをわかっていて、彼は彼のいいように領主を利用している。とんでもなく老獪な男だった。
 領主は、そして、今回も折れた。
「…わかった…! ホーエンハイムは街の守護のために離れられず、息子達は錬金術師ではない、と、そう報告すればいいんだろう…!」
 ホーエンハイムはにっこりと笑った。
「うん、それがいいと思うなぁ。さすが領主殿は頭がいい、俺と違って」
 あはは、と笑う男をいっそ殴りつけたい、そう思いながら領主はゆっくりと意識を手放した。頭に血が上りすぎて倒れてしまったのだ。

 領主の館を辞して自宅へ戻れば、愛妻が錬金術師を迎えてくれた。息子の気配はない。
「ただいま、トリシャ」
「お帰りなさい、あなた」
 花のように笑う妻を抱き寄せながら、ホーエンハイムは今まで生きてきた永い時間をふと思い返す。一瞬のことではあったが。
「俺は幸せだなあ、こんな美人のかみさんと一緒になって、元気でかわいい子供にも恵まれてさ」
「あら、どうしたの急に」
 トリシャはくすくすと笑っている。その笑顔は健康そのもので、病魔の影など欠片もない。
「ん、急じゃないよ、いつも思ってることだ」
「はいはい。あなた、アルも行ったわよ」
「ん、そうみたいだな」
 のんびりと笑って、ホーエンハイムは目を細めた。
「まあ、俺達の自慢の息子達だからね。どっちもさ。元気に色々やってさ、そのうちちゃんと帰って来るんじゃないかな、大きくなってさ」
「そうねえ、大きくなっているかしら?」
「…うん、エドの身長までは、俺もわからんなあ」
 夫婦は顔を見合わせて噴出した。上の息子は伸び悩む身長を大層気にしていたが、さて、次に会う時どれだけ縦に伸びているものやら。
「でも、伸びてても伸びてなくても、大きくなったなって言ってやろうとは思ってるよ」
 ホーエンハイムはおどけた顔で妻に笑いかけた。
「…そうしたら、エドも少しは俺のこと好きになってくれると思わないか?」
 どうもあいつはいつまでも俺にばっかり反抗期だよ、と嘆けば、そんな単純な餌に釣られるかしらねえ、と妻に笑われてしまった。



「……?」
 ふっと目を覚ましたら、あたりは暗かった。だが灯りがないわけでもないし、外からは声や音楽が聞こえた。夜風に乗ってくる喧騒にエドはもう一度目を閉じる。だが。
「起きたか」
「…イフリート?」
「ロイ、だろう?」
 思ったより近くでする声に目を開ければ、例の男は枕元に腰掛けていた。前髪を撫でられ額に触れられる。予想に反して、彼の手はひんやりしていた。焔の魔法に長けて水に触れるのを嫌がるくらいだからきっと燃えるように熱いのだろうと思っていたのだが。
「…ロイ」
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ