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Alf Laylar wa Laylah

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 小さく呼べば、合格だ、とでも言いたそうな顔で目を細められた。なんだかくすぐったいような気がしてエドはもう一度目を閉じた。
「熱はさがったな。このままもう一晩寝れば回復するだろう」
 丈夫でいいことだ、といまひとつ褒められているのか怪しいような口調で言われてエドは目を開けた。苛立ったら寝ている気が失せた。
「なんだ?」
 エドの目に不満を読み取ったのだろう、ロイは愉快そうに目を細めた。どうでもいいが、髪の毛を撫でるのがくすぐったいのでやめてほしい、とエドは思った。
 意識のない時は、やめないでほしいと無意識に思ったのだけれど。
「…腕輪の話、聞いてない」
「ああ、…」
 これか、とロイは腕を見やった。
 ――エドは千里眼ではないし巡検使に詳しくもなかったので、弟がそれと全く同じ意匠の物を与えられたことは知らなかったし、冒険王がその役職を創設したことも知らなかった。その証である腕輪は七つあり、常にそのうちの二つは空位とされているため誰の腕にもはめられていないということも。
「あの馬鹿がもっていろとよこしたことがあってな。まあ、悪い意匠でもない、つけているんだ」
「…冒険王?」
「そうとも言う。マース・ヒューズという馬鹿なんだが」
「王様ね…」
 エドは溜息をついた。まったく、横紙破りの多い王様だ。
「巡検使という位だという話だった。どこに行っても顔パスだ、と言っていたな。そもそもイフリートにそんなものは不要なんだが…まあ、今回は役に立ったな」
 ロイはからかうように喉奥を震わせた。むすっとエドは頬を膨らませたが、話題が冒険王に及んだことでひとつ思い出した。
「なあ、王様魔力まだ戻らないのか。消えちゃう…のか?」
 すぐに心配そうな顔に変わった少年に瞬きしてから、ロイはどうかすると優しく見える顔で目を細めた。
「まだ戻らないだろうが、消えはしないさ」
「ほんとか?」
 問い返しながらも、少年の表情はイフリートのそれを受けて安堵したものになっていた。ロイは知らずに優しい気持ちになっていく自分を意識の外で感じていた。そして、おもむろに例の古びた指環を取り出し、エドの手にはめる。
「君が私の傍にいる限り、こいつも私の傍にいることになる。直接持っているよりは時間がかかるだろうが、魔力はたまるだろう」
「……」
 エドは一度瞬きした後、幼く笑って指環のはめられた手をきゅっと握り締めた。ロイはそれをしばらく黙って見ていた。今まで感じたことのない、名前のない感情を胸に揺らしながら。ただ黙って。
 そうしておもむろに尋ねる声は、夜に解ける静けさを持っていた。穏和と慈しみを備えた。
「他に聞きたいことは?」
「…あるけと、…あったんだけど、今はいい」
「いいのか」
 意外そうに眉を上げるロイに、エドは目を閉じて背中を向けた。勝手に鼓動の速度を上げる胸をしまいこむようにことさらに背中を丸め、緩んでしまう口元を咎めるように硬く引き結んで、短く投げる。
「寝る」
「そうか。まあ、それがいい。育つかもしれないし」
 エドは後ろ足でロイを蹴飛ばした。だが、イフリートからは悲鳴の一つもない。むしろ笑われた。
「寝る!」
「ああ、おやすみ」
 くそう、とエドは噛み締めたが、眠気が襲ってきて再び泥のような眠りに落ちていってしまった。
「…まったく」
 ロイはそんな少年に笑うと、背中を捻って幼い寝顔を覗き込んだ。月明かりに浮かぶ顔は、日にやけてはいるのだが、それでも白く幼い。
 ――不思議な気持ちだった。
 この世に面白いことなどもうないと、確かに友と別れたあの時に思ったのに。どうして今自分はここにいて、この変わった少年に名を渡しているのだろう。
 だが不思議な気持ちはしても不快さはどこにもなかった。
 小さな手があの護符を思い切り引きちぎった時、数百年ぶりに具現化した自分の目の前にいた金色の姿に目を細めた時、ロイの中の何かが変わってしまった。それも劇的に。
 眠りを必要としない人ならざるものは、中空の月を黙って見上げた。それもまた光の色をしている。だが、この少年と揃いなのは月ではなく太陽の黄金だろう。
 悪くない気分だと思いながら、眠れもしないのにロイは目を閉じた。もしかしたら眠れるかもしれないと、埒もないことを考えながら。

 翌朝目覚めれば、少年はすっかり回復していた。若さもあるだろうが、やはり基礎体力の高さが物をいったのだろう。まさか指環にはそんな力はないはずだ。
 元気よく朝食を収めていく姿を見ながら、ロイは苦笑する。あんなにふらふらしていたのが嘘のようだ。
「よくなったようで何よりだな。さて、これからどうする?」
 ふう、と満足そうに息を吐いた少年におもむろに問いかければ、エドはきらきらと目を輝かせた。素直な反応に、ロイも釣られて笑ってしまう。そうしたら今度は驚いた様子で目を丸くされた。
「あんた、笑うと結構いいやつっぽいな!」
 その言い方はないだろう、と何となく思ったものの、そうか、それはありがとう、と適当に返す。そうしたらむくれられた。この主はとにかく感情表現がストレートだ。今も、結局、むくれたと思ったらすぐに目を輝かせて、勢い込んで切り出す。くるくる変わる表情は見ていて飽きないどころか、楽しいものだった。
「あのさ、あのさ、オレ、」
「わかったわかった、まずはその手に持っている茶を置いた方がいいんじゃないか、こぼしても知らないぞ」
「……」
 エドはばつが悪いような表情でカップを置いた。目を泳がせるのが素直で可愛いとロイは思った。
「魔法の絨毯が叶っただろ、世界一周も一応、しただろ、だから次は…」
 うーん、とぼそぼそ呟きながら考えている姿は真剣で、微笑ましい気持ちになった。
 イフリートが、「微笑ましい」気持ちに。
 自分で自分に驚く、と考えながら、ロイは答えを待った。やがて、少年は元気よく手を打ち鳴らし、クセルクセス、と口にした。
「クセルクセス?」
「うん、遺跡があるんだ、大きな」
「クセルクセス…」
 ロイは少し考えるような顔をした。エドは首を捻る。
「行けない所か?」
「そうじゃない。ただ、何か引っかかるような…」
「何かって?」
 わからないことを言う、と眉をひそめる少年に、ロイは「わかった」と返答した。
「いいのか?」
「ああ。それに、行けば思い出すだろうしな」
「ええ、なんか変な理由があるとかじゃないんだよな?」
「そんなわけがない」
「ならいいけどさ…」
 何百年と生きているはずのイフリートが引っかかりのある顔をするなんて、普通の、まだ十五年しか生きていないエドにとっては恐ろしいことの兆しのようにしか思えなかったが、元来の陽気さが結局は不安を払拭した。
 そしてふたりは、沙漠に沈む遺跡の街、クセルクセスを目指すことにした。そうと決まればすぐに、とロイは最短距離で移動しようとしたのだが、待って、とエドに留められすぐの出発を断念する。何しろ少年は今の主であるから、よほどのことがない限りその意向は何においても優先される。
「あのさ、バザールで買い物してから行こう」
「特に物資は必要ないと思うが…」
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ