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Alf Laylar wa Laylah

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 望めばありとあらゆるものを引き出し、顕現させることが出来る万能のイフリートにしてみたら、幼い主の言っていることは理解の範疇を超えていた。
「いいのいいの! あんただって久しぶりだろ?」
「それはそうだが…」
 不可解ではあったものの、ロイは主の楽しげな様子にそれ以上の抗弁を差し控えた。つまり、少年のそのわくわくとした様子があまりに鮮やかで愛すべきものに思えたので、逆らう気にならなかったのだ。

 その街のバザールは長い、という印象があった。建物が迫り出した路地沿いに長く市が立っているためにそういう印象になるようだった。自分の身近なものとは違うことにエドは興味はもったようで、特に用があるとも思えないのにきょろきょろと見て回っている。
「エド」
 そのきらきらした様子が人目を引いていることに気づいたのは現在その相棒というか、下僕というか、の位置にあるイフリート。自分への視線には敵意を除いて鈍感な彼だが、主への視線に対してはその限りではないらしく、少年の腕を強めに引いて注意を促した。
「なに?」
 しかし素直に見上げるエドの顔に警戒心はない。まったく、と溜息をつきたくなったロイである。
「腹ごしらえが必要ならシシカバブでも買えばいい。移動しないか」
「ええ、もう?」
 これでどの口が子供ではないなどと言い張るのかとロイは思ったが、こらえた。相手は子供だし、主だ。
「面倒は嫌いだし、私は人ごみが得意じゃない」
「えっ、…そ、そか」
 エドは一瞬目を瞠った後、ばつが悪そうにそらした。いちいち素直な少年だと思う。そういう部分は、ロイは嫌いではなかった。だから、いじめることはせずに引いてやることにする。
「駄目だというほどでもないがな。まあ、目的地へ行くのにいちいち遠回りすることも――」
「あ、でも、それはちょっと違うとオレは思う」
 そこでなぜか、しおれていたはずの少年が顔を上げた。
「違う? 何が」
「うん、…遠回りしなきゃ見えないもののもあるし、そういうのは無駄じゃないってオレは思う」
 エドは純粋な目を向けて、まっすぐにそう言った。けしてロイの言うことを強く否定しているのではないから気分を害されることはなかったが、呆気にはとられた。
「…だが、君らの時間は瞬きするほど短いじゃないか」
 思わず口をついて出たのは、イフリートとしての疑問だった。ジンの寿命は長く、その中でも高位の存在であるイフリートにとっては、何をするにおいても物理的な障害はほとんどない。だが人間には駆け足のように短い人生だけがあり、何かを為すために費やす労力も、ジンの何倍も何十倍にも及ぶものだ。それなのに無駄を楽しむ余裕がどこにあるのだろうと、それはどうしても理解できなかった。
 だが、エドはきょとんとした後あっけらかんと答えた。曇りのない笑顔で。
「そりゃそうだけど、そっちの方が楽しいからさ」
「…楽しい?」
「うん。例えばだけどー…、地図を見て最短距離を進めば、確かに目的地にはすぐにつけるし、目的は早く遂げられると思うよ。でも、ちょっとくらい迷ったっていいんじゃないかな。迷った道に面白いもんがあるかもしれないし、うまいもんがあるかもしれない。すっげえ綺麗な景色とか、珍しいもんとか、見れるかもしんねえ」
 エドは考え考えそんなことを言った。幼い言い分だったが、なぜかロイは返事が出来なかった。
「…って、いつも思ってるんだけど、今日はそれだけじゃないんだ、実は」
「今日は?」
 返事のないロイに、なぜかそわそわした態度で付け足したエドに、今度はロイも聞き返す。
「…だってさ、オレは、冒険王の昔話がすげえ好きだったから」
 エドはぼそぼそと小さな声で言い訳のように言う。ロイは小首を傾げて続きを促した。
「…だからさ、ふたりでいたら、なんか同じさ、冒険してるみたいな…そんな気がして、嬉しいから」
 だから今殊更にロイとバザールをめぐる時間を作っているのだ、とエドワードはそこまでは言わなかったけれど、ロイにもさすがにわかった。そこまで、そんな照れた顔で言われたら、わからないわけがなかった。
「――なるほど?」
 ロイはにやりと笑った。その笑みに不吉なものを覚えたのか、エドは後ずさる。が、相手が悪い。
「うわっ…」
 ロイはエドの肩を強く抱き寄せると、「それなら、行こうか」と陽気な声を出す。だがエドは暑苦しいし落ち着かないしで息を呑む。大体、これだけ人がいたら目だなそうなものなのに、目だってしょうがないのはどういうことなのか。まあ、大方九割がロイを見ているのだとは思うのだが(勿論、このエドの認識が間違っていることは言うまでもない)。

 結局エドが嫌がったので、二人は手を掴んだり腕を掴んだり抱えたりなどはせずに、旅の連れとして適度な距離でバザールをのぞいた。最初こそ落ち着かなかったロイも、段々楽しくなってきたと見え、君にはこれが似合いそうだ、とエドに女物の宝飾品を合わせようとしたり、なかなかいい剣だ、と武器を見繕ったりと自由奔放に振舞った。エドはそれらに振り回されつつも、伝説のイフリートと一緒にこうしているなんて夢を見ているみたいだ、と半ばは言葉の通り夢見心地でいた。
 だから、油断していたのは確かにその通りなのだといえる。
「――エド?」
 オレちょっとのど渇いた、というエドのために、魔法を使えば一瞬で済むというのにわざわざ椰子の実を買って戻った、そのほんの刹那の出来事だった。待っていたはずのエドが、消えていたのである。ロイは表情を変え、意識を切り替えた。もしも彼を見ていた人間がいたのなら、椰子の実を持っていた若い男が急に中に消えたことに悲鳴を上げたに違いない。
 人間に具現化していたのは、あくまで少年と過ごす上ではそちらの方が意思の疎通がたやすいからであり、本来のロイに「具象」はない。強いて言えば意識に性格のようなものはあるが、具現化された肉体は、ロイの本質的な姿ではないのだ。性質が反映されたものではあるが。
 とにもかくにも、そうして本性に立ち返ったロイは、すぐに少年を見つけた。そして同時に舌打ちした。油断していたのも勿論あるが、少年を浚ったのは、ジンとはあまり相性のよくない相手だった。魔封じの力を持った呪い師である。彼らはジンの嫌う魔法や物を熟知している。時にはジンを己のために使役することもある。その相性の悪さは、高位の存在であるロイにしても同様だった。すぐに封じられる程の力量はないようだが、それでも隙を突くくらいは出来たということだ。
『…だが相手が悪い』
 ロイは意識のままに呟いた。残酷に笑い、風に身を摺り寄せる。そうして、どうやら気を失わせられているらしいエドを担いだ男の進路を先回りする――。

「――返してもらおうか」

「…っ!」
 少年を担いでいた男は慌てて足を止めた。目の前に忽然と人一人現れたのだから、当然の反応だろう。だが、足を止めただけで、少年を落としたわけでもなければ派手に驚いたわけでもない。
 ただ、食い入るように、隙をつこうというようにロイを強い目で見据え、自分が担いだ小柄をしっかりと抱えなおした。
 しばし、誘拐犯と従僕のにらみ合いが続く。
 動いたのはどちらが先だったか。
「…っ」
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ