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Alf Laylar wa Laylah

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 だがもはや引き返せないし、引き返す気は全く欠片もない。どうにかしてイフリートに会うのだと、そればかりを念じて足を進めた。
 昔話では、命からがら洞窟に駆け込んだ冒険王がイフリートに冗談を言って、友達になんねえか、そう誘って冒険に飛び出したのだと語られていた。本当はそんなに単純なはずがない、というのはわかっているが、…そんなことを思い出していて、エドは今さらのように気づいて、思わず立ち止まってしまった。
「…あ?」
 昔話のパターンはいくつかあった。堅いものもあれば易しいものもある。一番砕けていて一番親しまれているのは大人が子供に話して聞かせる寝物語で、これは言い回しや何か、細かい部分が土地により微妙に異なる。だが大筋は変わらない。そして一番堅いのは、都で編纂された列王の年代記である。エドは勿論出来うる限り全てのバージョンを読破した。年代記は堅い代わりに変形がないので一度で済んで楽だった。
 だが大事なのはそこではない。いくつものパターンがあることではなく、ある物には「いない」のにある物には「いる」存在があることに今まで気づいていなかったことだ。
「…おっさん、」
 なるべく平静であれるよう努めて、エドは口を開いた。
『なんだ?』
「…あんた、なんで、年代記に出てこない?」
 舌打ちしたかったが抑えてエドは問いかける。そうだった。昔話にはいる指環のジンが、年代記には「いない」。イフリートの存在は長くも詳しくも、躍動的でもないけれど一応記されているのに。
『そうなのか? うーん、存在感薄かったかねえ』
「でも昔話にはあんたはいるじゃねえか。史官が無視したってのか、そんな馬鹿な」
『んなこといったって、俺が書いたわけじゃないんだ、知るわけねえだろ?』
「…そりゃそうだけど」
 エドもそれは認めるしかなかった。ジンが年代記を書くわけがない。ということは、何らかの事情で指環のジンの存在が隠されたか、あるいは全く逆で、民間で伝わるうちに付け足されたか、だ。だがいもしない存在だとしたら、今こうしてエドの指におさまっているはずがない。だがジンは人間ではないし、嘘をつかないわけでもない。どちらかといえば、ジンは悪戯が好きだとよく言われている。悪いことをするとジンに連れて行かれてしまうよ、というのは、大人がよく子供に使う脅し文句だ。だから、もしもその通りだとして、エドが指環のジンだと思い込んでいるのにこの指輪のジンが話を合わせているとしたら、…だがそんなことがあるだろうか?
 エドは首を振った。どの道ここまで来て彼を疑ってもどうしようもないのは確かだったからだ。嘘だとしてそれを見抜けなかったエドの問題だろう。そうでなかったとしたらこの先にはイフリートがいる。こうなったら望む方であることを祈るくらいしかエドには出来ることがない。腹をくくるか、とエドは唇を引き結んだ。あたりはとにかく暑かった。

 どれくらい進んだだろうか。感覚からしたら二日は経っていないだろうとエドは思ったがが、確かなことはいえない。少年としてはずば抜けた胆力の持ち主であるエドにしても、もうさすがに疲労が濃い。
 道は唐突に途切れていたが、壁に当たったわけではなかった。
「………」
 エドは息を呑んだ。体中から汗が噴出している。額に巻いた布のおかげで頭から落ちる汗が視界を遮ることはなかったが、それでも頬を伝う汗がある。暑かった。これ以上はないというほどに暑かった。そしてその暑さの原因は、今エドの目の前に広がっていた。
 マグマだ。燃え滾る灼熱の溶岩の池がそこにはあった。勿論そこから多少の距離を置いた場所で立ち止まっているのだが、熱波で皮膚がこげそうだった。間違ってもエドの軽装で立ち入っていい場所ではない。
 だが、そこに、それはあった。
 昔話が伝えるように、そこには銀に光るランプがあった。
 ――魔物は純銀を嫌う。だから冒険王はジンを封じるために純銀のランプを作って閉じ込めたのだといわれていた。そしてジンもまた自らそこに入り、再びこの世に出ることを拒んだと。
 金属はそれぞれ差こそあれ熱を容易に孕む。あれに触ったらどれだけ熱いだろう、熱いなどというもので済むのだろうか、とエドは再び息を呑んだ。
 ランプはマグマに迫る場所、指環の時と似て、燭台のように盛り上がった土の台に据えられていた。指環の時と異なるのは水とマグマだけではなく、その台の様子だ。台は土のように思えるのだが細かな紋様が施してあり、ランプにはしっかりと封印の護符が貼られていた。近くで見なければ詳しいことはわからないが、台に施された装飾には見覚えがある。魔封じのそれと似ているのだ。護符に至っては間違いなく封印の強化を目的としているのだろう。どれだけ強固に封じるつもりだ、と少年はやや呆れた。ここまでした冒険王にも、ここまでさせた相手にもだ。
「…寂しがりにいっこ追加だな」
 エドはぼそりと呟いた。
『なにを追加するんだ?』
 指環からの質問に、エドは「決まってる」と答える。
「頑固で意地っ張り」
『当たらずとも遠からず、って感じだな』
 マースは石の中から笑いを返してきた。

 少年は一端後退し、唇を水で湿らせた後口を覆っていた布をしっかりと結び直すと、目の前に手をかざして慎重に前に進んだ。進めば進むほど体が燃えてしまいそうになる。実際布は端から焦げてきていた。それでもその程度で済んでいるのは、指環のジンがなけなしの魔力でエドの身を薄く守ってくれているからだ。実際この力がなければエドはとっくに死んでいる。
 ということは少なくともイフリートと出会う寸前の冒険王にもやはり指環のジンの助けがあったんだろうな、とエドは信じた。実際そういう手段がなければとても難しい気がする。
 指先がランプの側面に触れかかる。きっとひどく熱いだろう。エドは一度目を閉じて、それからかっと見開き、ためらいを捨ててランプの側面、取っ手になっている部分を手に取った。
「――――っ!」
 じゅわっ、と激しく水蒸気が上がるときのような音がして、指先に痛みが走った。熱は高すぎると痛みもたらす。これは確実に皮膚がこげた、と思ったときだった。
 がたり、と音がして、ランプから声がしたのは。

『――誰だ』

 低い、だが若い男の声だった。エドは息を呑んだ。熱さももう感じなかった。
「…おれはっ…、あんたに会いにきた…っ」
 震えないように精一杯口にすれば、沈黙が返って来る。だめか、と目を閉じかけた時、再び声が聞こえてきた。
『…人間か?』
「そうだ! 人間だ、あんたに、…あんたと会いたくて、ずっと探してた!」
『…子供、か?』
「うるさい、ガキじゃねえよ! もう十五なんだ!」
『十五? それでは赤ん坊と一緒だ』
 聞こえのよい声だったが、台詞の内容は全くもっていただけない。エドはむすっと眉を跳ね上げた。
「失礼なこと言うんじゃねえ! 誰が赤ん坊だ!」
 があっと勢いに任せて言い返せば、愉快そうな笑い声が響いてくる。
『それは失礼。…人間と話すのは久しぶりだが、あまりかわらないものだな、人間というのは』
「…あんたは、王様の…、冒険王の相棒のジンか」
作品名:Alf Laylar wa Laylah 作家名:スサ