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ティル・ナ・ノグ

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 エドワードは前を睨むようにして、堅い声でようやく無視をやめた。ここまで来たら今言うしかないと思ったのと、これを言わなければ他の話が出来ないと思ったのと半々で。
「わかった。でも、理由も聞いたら駄目か」
「…知りたいのか?」
 エドワードは今は隣に並んだ少年を軽く振り仰いだ。些細なものでも身長差とはすべからく腹立たしく、エドワードは眉間に皺を寄せる。
「…母さんが」
「お母さん?」
 ロイは意外な思いで首を捻った。母親がどう関係あるのだろうか、性別を偽ることと。
「約束したのよって言ってた。オレを男として育てるって」
「…ちょっと待ってくれ。人の親を悪く言う気はないが、それは…」
「母さんは!」
 エドワードはやけになって怒鳴った。実際やけになるしかなかった。
「すんごく優しかったし、料理はうまかったし、オレは大好きだった! でも、あんな変わり者の親父と一緒になってオレたちみたいなめんどくさい錬金術馬鹿の兄弟をいっつも笑顔で見ててくれたんだ、大物だと思ってたけど母さん自身ちょっと天然だったのかもしれない!」
 一気に言い切ったエドワードに、ロイは呆気にとられた顔をする。それをじっと見据えながら、エドワードは核心を告げた。
「…妖精だって、言ってた」
「は?」
「オレがまだ生まれたばっかりとかそれくらいの時に、母さん言われたんだって。この子には将来災いが降りかかるって、それはなくすことは出来ないけど減らすことは出来るって」
「…昔話みたいだな」
「そのためには男の子として育てるしかないって言われたんだって。…子供の頃のオレにそれがおかしいなんてわかるわけない」
 肩を落としたのは傷ついているのではなく、荒唐無稽さと愛する母親の突拍子のなさを口にすることで実感してしまうからだ。これが脱力せずにいられるか。そもそも、エドワードはその事実を思い出す度虚脱感に襲われるのだ。
 しかし考えてみれば、こうして国家錬金術師になって旅をする上では男と思われている方が何かと都合がよい。ただでさえ子供だということでなめられてしまうのだ、これが女だったら余計に困難だろう。そうやって考えると、母親の先見の明ということになるのかもしれないが、そもそもそういう未来を想定しているということがまずありえないので、たまたま運がよかった、ということでしかないのだろう。もしくは、何がいい目に出るかわからないということなのか。
「…大好き、だった、って今言ったな」
「…聞き流せよ」
 ロイはその部分を聞き流さなかった。そして、今度も聞き入れず、再度問いかけてくる。
「もう、いないのか」
「…死んだ。親父もどこいったかわからない」
 ロイは暫時黙り込んだ。エドワードはこういう話をするのはあまり好きではない。なんだか、不幸自慢のようで。だがロイはありきたりな慰めは口にしなかった。
「うちもだ」
「え?」
 エドワードは軽く目を瞠った。ロイは大人びた顔で笑う。
「俺も両親はいない。マダムは叔母だ。俺を引きとってくれたんだ」
 一緒だな、と笑われ、エドワードは一瞬言葉を失った。
「でも、男って育ててもらってよかったかもって今思ったよ」
「なんでだよ、今日会ったばっかりでそんなの思うなんて。大体今まで誰も女だなんていわなかったんだぞ、なんでわかったんだよ」
 口を尖らせて突っかかれば、うーん、と少年は少し考え込んだ。それから、ああ、と納得のいく答えが浮かんだのか声を上げる。
「エドは笑ったら可愛い。男だと思われてなかったらこうやって話も出来なかったかもしれない」
「…は?」
 何の話だ、とエドワードは首を傾げる。傾げて、そして気づいた。
「なんか今さりげなくエドって言った」
「いいじゃないか、食事も一緒にした仲だ」
「どういう仲だよ、それ」
「同じ釜の飯を食ったって意味」
「…釜っていうか、レストランじゃんか」
 エドワードは呆れたように言って、けれど結局笑っていた。ロイは何も言わなかったが、楽しそうな顔をしていた。
「でも、そうか、もしかしてそれがさっき言ってた『因縁的』、ってやつか?」
 エドワードが「妖精」を嫌う理由。それは彼女の母親がしたという約束のせいなのかと尋ねれば、少女はそっぽを向いて「別に、オレはそういう非科学的なことが好きじゃないからそれだけだ」ともごもごと反論した。なるほど、と神妙な顔でロイは頷く。内心ではその後に「やっぱり」と続いたわけだが、賢明な彼はそれを口にしなかった。

 屋敷の壊れた門を押して、少年と少女は中に入った。外は死ぬほど暑かったが、中は意外とひんやりしている。だが薄暗いのが少しばかり不気味で、エドワードは無意識にロイに身を寄せていた。怖いもの知らずで世の中の少年たちよりある意味男らしいエドワードだが、それでもやはり不気味なものは少し怖い。
 だがロイはそうでもないようで、足取りに恐怖は感じられなかった。それどころか、近づいてきたエドワードに気づくと、何もいわずに手を繋いできた。
「なっ、なんだよっ」
「なんだよって、近寄ってきたから。怖い?」
 馬鹿にしているわけではないのだろうが、軽い口調はエドワードの逆鱗に触れた。ばしっとはたいて、意地っ張りな少女はそっぽを向く。だが肩が強張っているのを少年は見逃さなかった。
「あっ!」
「うわあっ!」
 隙を衝いて、真剣な声で前方を指差し声を上げられては元から落ち着かない状態のエドワードなどひとたまりもない。大きな声を上げて、夢中で手近な生き物に抱きついてしまった。
「…ああ、なんだ扉だ」
「――あ?」
 にやにや笑いを含んだ声に、エドワードははたと気づいた。自分がかつがれたことに。
「てめっ…!」
 慌てて顔を上げたら、満面の笑みが待っていた。
「怖かった?」
「…っ、バカっ!」
「…!」
 力任せに足を踏まれ、調子に乗った少年はその場でうずくまりたいほどの痛みに悶絶した。エドワードは脅かされたせいでにじんだ目尻の水分を揺らしながらうずくまる少年を睨みつける。
「…ごめん」
 その様子を見たらやりすぎだったとわかる。ロイも神妙な顔で謝罪を口にした。エドワードはうーっと唸ったあと、ぷいっとそっぽを向いて、次やったらぶん殴る、と低い声で一応許してやった。
「肝に銘じます」
 ロイは宣誓をするように手を上げて降参した。

 屋敷の中を歩いてみても、ただの廃屋という感じであまり変わったところはなかった。
 と、思ったのは最初だけだった。
「…おかしいな」
「なにが」
「この家、誰も住んでないし、庭だって荒れてた。門も壊れてたよな」
「ああ…?」
 何かに気づいたらしいロイに、エドワードは首を捻る。一体そんな妙なことなんて…、とあたりを見回し、あ、と少女も声を上げる。
「気がついた?」
「うん…、埃かぶってないな?」
「そうなんだ」
 二人は廊下や室内を見回した。まるでついさっきまで誰かがいて使っていた部屋のように傷みがない。廃屋の中とはとても思えなかった。それに気づいたら、去ったはずの寒気が背中を駆け上ってきてエドワードは肩を抱いた。無意識の仕種だった。
「エド」
「なんだよ」
「やっぱり、手繋ぐ?」
「…繋がねーよ、バカ! それより考えようぜ」
作品名:ティル・ナ・ノグ 作家名:スサ