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ティル・ナ・ノグ

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 彼の指先が本棚の間に出現した扉に触れた瞬間、ドアは大きく内側へ開き、凄まじい風に二人は吸い込まれてしまったのだ。まるで真理の扉に吸い込まれた時のような感覚を味わいながらもがくエドワードの腕が取られる。そしてあっという間に、同い年だという少年の腕の中にしっかりと固定される。離せと暴れる考えも浮かばずに、ごうごうとうなる風の中をふたり引っ張られていく。声を上げることもできず、ただ、捕まえられたままにしっかりとしがみつく。
 これがもしも大佐のロイが相手だったら本当にしがみつくという格好になったのだろうが、同い年の少年が相手なので、抱きしめあうのに近い形になっていた。喜ぶところかどうかはともかくとして。
「――――っ…」
 どれくらいその中を引っ張られ、落ちていたのかはわからない。だがどうにか「どこか」へ二人は落下した。どさりと投げ出されたので、とりあえずこのアトラクションは終了らしい。製作者の意図がよくわからない屋敷である。
「…エド、エド」
「ぅ…」
 先に意識をはっきりさせたのはロイだった。エドワードも頑丈なはずなのだが、ロイは意外と丈夫らしい。
「…、う、ひゃあああ!」
「…………傷つくなぁ…」
 エドワードの視界にまず入ってきた色は黒だった。これはロイの服の色である。彼は黒いポロシャツを着ていた。そしてほとんど無意識のうちに顔を上に上げて、エドワードはようやく気づいたのだ。自分がしっかりとロイに抱きついて、上に折り重なって倒れていたことに。どうやらロイはエドワードの下敷きになっていてくれたものらしい。
 それに気づいた瞬間エドワードの中で何かが沸点に達した。瞬間的に。そして頭のてっぺんから裏返った声を上げて飛び退る。顔は真っ赤になっていた。羞恥心が原因。…だがなぜ恥らったのかは自分でもはっきりとはわかっていなかった。
 少年は腰を抜かしたような格好で離れた少女に複雑な表情を向けつつ、立ち上がるとそれでも紳士的に手を差し出した。一朝一夕に身につくマナーではないことから、彼が周囲の女性たちに日々どのように教育されているのかがよくわかるようだった。
「…ご、…悪かったよ…」
 もごもごとエドワードはそっぽを向きながら相手の手を掴んで立たせてもらった。なんだか調子が狂う。
「しかし、ここはどこなんだか…地下室、とか」
 ロイは落ちた場所をぐるりと見回す。幸いにして真っ暗ではないのでエドワードの顔もあたりも見ることは出来たが、しかし見えてきた景色自体はあまり事態の解決には役立たなさそうで眉を寄せる。
 エドワードもスカートの埃をはたきながらロイに倣った。
「でも、柱もないし…大体地下室なんてまともなもんがこのビックリ屋敷にあると思うか?」
「まとも…」
「だって、他にいいようないだろ」
 庇われたのがどうも居心地が悪いというか落ち着かなくて、エドワードはロイと目を合わせずに口を尖らせた。ロイはといえば、その様子に怪訝そうな顔を見せたものの特に何を言うこともなく再びあたりを見回した。
 落ちたのだから書斎よりは下の部屋だと思う。しかし書斎は一階だった。そこより下となると普通は地下室だ。だが…、およそそこは地下室という言葉からイメージされるのとは全く異なる様相を呈した部屋だった。強いて言えば窓がないことだけが地下室ということを裏付けている。
 まず、部屋の真ん中には上に何も置かれていないテーブルが置かれていた。椅子はない。しかし背が高い卓なので、どちらかというと食事や勉学の用途に使われるものではなく、実験室などで作業台として使われる方が印象としてはしっくりくるものだった。
 それから、壁にはキャビネットが二つ置かれ、棚には実験器具と思しきものが収納されている。薬品庫も見える。ぱっと見ただけではわからないが、薬品庫の中身はどれもなかなか手に入りにく代物であるようにロイには思えた。
 キャビネットの他にあったのは机だ。こちらにはきちんと椅子がついていて、作業台とは違い、上はいっそ乱雑といいたくなるほどに散らかされていた。辞書だろうと思われる本も散乱している。まるで、机の主はつい今しがた席を立ったばかりであるかのように。
「あ、」
 ここは研究室か何かだろうか、ロイが至極尤もな結論を出しかかっていた時、エドワードが声を上げた。彼女は彼女でキャビネットを真剣に見ていたらしい。振り返れば、両手をガラス戸につけて中を凝視していた。
「エド、何かあっ…」
 またしても「た」が消えた。しかし少年はそんなことは気にせず、キャビネットに張り付く少女の隣に並ぶ。金色の視線の先には、試験管立て。規則正しく並んだそれらは空の試験管ではなかった。それぞれが中に虹色に光る「何か」を満たしていたのだ。液体と固体の中間と評したくなる不定形にそれは、光の塊のようにも見えた。
 ざっと見回した時は、あまりにも普通に試験管が置いてあるせいで見逃したらしい。光が鈍いものだったというのは言い訳になるか、どうか。
「…なんだと思う?」
 少女は前を向いたまま尋ねてきた。ロイは何と答えたものか迷ったが、わからない、と正直に答える。するとエドワードがロイを振り向いて、とにかく近くで見てみないか? と提案してくれる。ああ、と頷いて、そして一拍置いてロイは気づいた。どうやらこの試験管を取り出す役目は自分が負わなければいけないらしい、ということに。まさかまだ怖がっているわけでもあるまいが。
 キャビネットのガラス戸は施錠もなく、あっさりしすぎなほどあっさりと開いた。ロイは中身をこぼさないようにしながら作業台へ試験管立てごと試験管を移す。試験管は全部で七本あった。
「うーん…」
 作業台に顎をついて、真剣な顔で試験管を外から透かし見ながらエドワードは軽く唸る。
「発光体…っていうんじゃないよなあ…培養してるのかな」
「まあ、光ってるしな…発光体…蛍光物質? 照明具でも作ってるっていうのか?」
「というかそもそも液体なのか固体なのか…形態変化の温度が特殊なのか」
 ロイが腕組みしながら言った後、少しの間が空いた。そして、極小さな声でエドワードが呟いた。
「――やわらかい、石?」
「え?」
 少女は親指を噛んで考え込んでしまう。少年は「エド?」と首を傾げる。
「やわらかい石。…賢者の石」
「――…まさか、じゃあ、これがそうだって?」
「でも赤くない」
「赤?」
「そう。赤きティンクトゥラ、だろ」
「…まあ、赤ではないな。どちらかといえば遊色、だな」
 オパールなどに見られる色彩効果を少年は口にする。エドワードは瞬きした後頷いた。そして、試験管に触れる。
「エド?」
 ロイは軽く驚いた調子で呼び止める。何をする気だと。しかし少女はきっぱりとした顔でこう言った。
「ちょっと持ってみる」
「は?」
「だから、持ってみる。そうしたら少なくとも形というか、触感がわかるし」
 好奇心に目を輝かせて言う少女は実にわくわくしていた。その楽しげな様子は目に楽しかったが、得体の知れないものをいきなり触らせるわけにはいかなかった。ロイは、少年といえども男であったので。
「待てって、俺がやる」
「え〜? そんなのずるいだろ、オレが触ってみるってば!」
作品名:ティル・ナ・ノグ 作家名:スサ