ティル・ナ・ノグ
「何をおっしゃいます。百発百中の?ブリューナク?、戦わずしても勝つという?クラウ・ソラス?。閣下の宝物ではありませんか」
「それは否定しないが、もとは昔話なんだよ。知らないかな」
「昔話ですか?」
ロイは目を細め、どこか懐かしそうな顔をして教えてやる。
「運命の石リア・ファル、光の剣クラウ・ソラス、魔法の槍ブリューナク、そして尽きない食料を蓄えるダグザの大釜」
「それが、妖精の宝物なんですか?」
「そうらしい。私も昔、妻に教えてもらった」
ロイが脳裏に思い浮かべる映像を知るのは、この話を教えた相手だけだろう。少年と少女がレストランで向かい合っていたあの夏の日を知るのは、この世にたったふたり、お互いだけ。
「彼女は言っていたよ、大釜が一番だと」
「釜、ですか?」
意外という顔の女性を見ながら、くすりと男は笑う。
「武器なんかどうでもいい、でも食料や燃料がほしいだけ引き出せたら、その方がずっと便利だ、とね」
ロイは久方ぶりに広がった夏らしい青空を見上げながら、万感をこめて言った。
「確かに彼女は私のクラウ・ソラスなんだろう。勝ち負けよりも大事なことを、いつも教えてくれる」
セントラルまではあと数時間の場所で、とても久しぶりに彼女に会う気持ちになりながら、将軍は微笑んだ。
――そして何度でも夏はめぐる。彼の上にも、彼女の上にも。
すべての少年と少女の上に、等しく、青く、暑く。