ティル・ナ・ノグ
少年は不思議そうに小首を傾げる。その素直な仕種は、似ている、面影があると思った相手にはないものだったから、なんだか不思議な気持ちにエドワードは陥った。
「エドワード。おまえは」
目を開けて話し出したのを観察して、エドワードは思った。多分年下だな、と。
だが相手も同じ事を考えていたらしく、むっと眉をしかめられた。
「年下におまえとか言われたくない」
「…こら待てガキ。誰が年下だ。おまえ大体いくつだ? 12? 13?」
かちんときたままに言い返せば、相手はさらにむっとしたらしい。
「そっちこそ失礼なガキだ。プライマリーは卒業したか?」
二人は暫し険悪に睨みあった。が、ぱりん、と微かな高い音がしたのではっとして音がした方を振り返る。そこには何もなかった。ただ、窓の奥で何かが動いたような気がした。さすがに気の強いエドワードもぞっとしたが、少年はそうでもなかったらしい。
「出て来い、俺は逃げも隠れもしないぞ! どうした、怖いのか!?」
胸を張って「何か」に宣言するのを見ていたら、エドワードは毒気を抜かれてしまった。はあ、と肩の力を抜いて、呼びかける。
「おい、オレはエドワード。15歳。おまえは?」
「15?! 同い年なんて…!」
少年は信じられないという顔で絶句した。
彼の名が「ロイ」ということを、そしてエドワードは知った。妙な偶然もあるものだと思った。
「じゃあ、全然覚えてないのか?」
結局その得体の知れない屋敷は出て、公園に辿り着いた二人は、日陰で状況やお互いについてを話し始めた。勿論、水をたらふく飲んだ後での話だ。
なぜあんな場所に倒れていたのだ、というエドワードの至極当然の質問に、ロイという少年は首を振った。
「わからない。…ただ、俺はあの時追いかけてたんだ」
「追いかけてた? 何をだよ」
「…馬鹿にされそうだから言いたくないんだけど」
「それは聞かないとわかんねえな」
ロイは眉間に皺を寄せた。
「それって、聞いて馬鹿馬鹿しかったら笑うって事か」
「そうだな、そうなるのかな」
エドワードが答えたら、ロイは嫌そうな顔をした後、肩を落として息を吐いた。
「おまえ、正直だな」
「まあ、よく言われる」
「別に褒めてない」
軽く胸をそらしたエドワードに、ロイは嘆息した。言葉遣いや態度の素直さは比べようもないが、それでもなんだかあの後見人と話している時の負担のなさ、いけ好かないはずなのになぜか話すことに苦痛のないあの相手と会話している時のような印象を覚えて、エドワードは微かに戸惑う。この少年は彼ではないはずなのに。ただ、同じ名前で、雰囲気が似ているだけで。
「…いや、それもすごい確率か」
「なんだ? 独り言か?」
「ああ、まあこっちの話。おまえと似てる知り合いがいるんだ。年は違うけど」
「ふぅん…」
「それで? 何を追いかけてたって?」
「…。妖精」
エドワードは呆れた目を隠しもせず向けた。ロイは慌てたようだ。
「いや、あのな、勘違いするなよ!」
「勘違いっていうか…15にもなって夢と現実の区別がつかないなんて…」
哀れみの目で溜息をつくエドワードに、ロイは身を乗り出すようにして弁解する。
「だから人の話を聞けって! …錬金術なんだよ」
「…錬金術とファンタジーの区別も…」
「だからっ! ああもうっ、言ってもわからないかもしれないけど、キメラなんだよ…」
ロイの顔は真剣だった。エドワードの表情も真面目なものになる。そしてそこで、あ、とロイは目を見開いた。
「…エドワード、錬金術、わかるのか…」
「おまえこそ、キメラなんて…」
二人はぽかんとした表情をさらした後、ふっと体を離してそれから、目を輝かせて向かい合った。
「おまえ、錬金術わかるのか!」
ロイは嬉しそうに笑った。今までにない反応に、エドワードはなんだかむずがゆいような面映いような気持ちではにかんだ。
「おまえこそ」
エドワードは錬金術馬鹿だが、自分が普通ではないということは一応わかっている。だからといってどうという感慨はないし、錬金術の知識を持たない人間とうまくやれないということもなかったが、それでも、弟以外の同年代の人間と錬金術の話が出来るというのは恐ろしく新鮮な出来事だった。少なくとも家族を持つ錬金術師がいたり、若くして錬金術師を志す人間がいる以上、錬金術の知識を持つ子供がいる可能性は確かにあるのだが、いるはずのそういった人間と出会うことはほぼ皆無に近い。一応例外はあるにはあるが、それは本当に例外である。少なくとも、今のところ。
はにかんだエドワードの表情を見てロイが目を瞠った。その驚きの表情に今度はエドワードは首を捻る。すると、ロイも首を捻る。その顔は怪訝そうなものになっている。
「エドワードって」
「なんだよ」
「女みたいだな」
不思議そうな呟きにエドワードは目を見開く。
「でも違うよな。変なこと言ってごめんな」
「…全くだぜ。まあいいや、錬金術師ってのに免じて勘弁してやる」
「そりゃどうも」
すぐに撤回したロイに、エドワードはぶっきらぼうに返した。だがその切り返しはやや精彩に欠くものだった。しかし普段のエドワードを知らないロイにそんなことまではわからない。一瞬不思議そうな顔はしたものの、すぐに話題を切り替えた。
「でさ。その妖精もどきなんだけど」
「ああ、ええと、キメラ?」
「ああ」
錬金術という共通のキーワードが二人を昔からの友達のように親密にさせる。少なくともロイにとってはそうだったらしい。もしかしたらエドワード以上に身近に錬金術の要素が少ないのかもしれない。そんな風にエドワードは思った。
「キメラというか、…機械鎧の技術に近いのかもしれないんだけど」
「機械? 錬金術じゃなくてか?」
「いや…、話すと長いような短いような…。人形と昆虫とかそういう組み合わせ方をしてるんじゃないかと思う」
「人形と昆虫? 蝶とかトンボとかか?」
ロイは神妙な顔で頷いた。エドワードは脳裏でその外観を創造してみたが、あまりうまくいかなかった。人形というのがエドワードにとってあまり身近な存在ではなかったのが主な原因である。
「初めはオートマタの類かと思ったんだけど、それにしては羽がリアルだった」
「自動人形…」
時計に使われるカラクリ人形を思い出し、ああ、とエドワードは曖昧に頷いた。エドワードにはあまりあれらの良さはわからなかったが、あれらが精巧に作られていることはわかる。そして、それを作るのは職人であり錬金術師ではないということも知っている。勿論、世の中は広いから、そういう職人の傍ら錬金術師もやっているという人物は探せばいるのかもしれないが、基本的にそれは錬金術を用いるようなことではないはずだった。
首を捻ったエドワードに、ロイは考え考え言葉を選んでいるような調子で続ける。
「…最初はただの変わった客なんだと思ってた。気にも留めなかったんだ。だけどなんだか段々おかしいことを言うようになって、姉さんたちが怖がるようになった」
「姉さん、たち?」