ティル・ナ・ノグ
「そういうわけにはいかない…が、背に腹は変えられない。とりあえず安い店がいい。エドワード、知らないか?」
「うーん、オレもここに住んでるわけじゃないしなあ…」
頼りにされても少し困る。エドワードの表情からそれを読み取ったらしいロイは肩を落とした。
「それは問題だ…」
結局そのまま公園にいても埒が明かないので、ふたりは適当に歩いてみた。そうしたら幸運なことに若い女性の二人組に遭遇し、安くて美味くて近くにある店はないかと尋ねることができた。ロイはどうやら女性の相手に慣れているようで(彼の語った環境が真実なら、要するに慣れているということなのだろうとエドワードは思った)、あっさりと聞き出すことに成功した。
「…おまえ大佐みたいだな…」
やっぱり本人か? と首を捻りながらエドワードがぼそりと呟いたら、「大佐?」とロイは首を捻る。
「なんでもねえよ。ほら、いくぞ」
「ああ…?」
レストランは公園から十分程度のところにあった。時刻は昼のピークを少し過ぎたくらいだったが、それでもそれなりに店内は混んでいた。繁盛してんだな、と活気ある厨房の方を見るともなし見ながらエドワードは思った。
ロイはといえば真剣にメニューを見ている。彼の所持金と比較しているらしい。大佐のロイだったらこんなことはしないだろう。彼は金には不自由していないはずだ。そう思うとなにやら不思議で、エドワードはいつしかロイをじっと見ていた。エドワード自身、莫大な研究費を支給されている身だ。生活が生活だから無駄な浪費をすることはないが、だからといって1センズに一喜一憂するようなこともない。
「よしっ、…エドワード?」
どうやら決まったらしいロイが、ふっと顔を上げてこちらを見ていたエドワードにようやく気づいた。
「なんでもねえ」
面白くて見てた、とも言えず、エドワードは水を飲んでごまかした。「で、決まったのか」
「ああ」
「別にちょっとくらい奢るぜ? ほんとに」
「同い年に奢られるわけにいかないだろ」
でも帰れなかったら元手が減るだけなんじゃないか、とエドワードは思ったが、少年の気持もわからないことはない、とそれ以上は言わなかった。
「じゃあ、オーダーな」
すいません、と呼ぼうとしたらロイの方が素早かった。彼は近くを通りがかったウェイトレスに視線を合わせて笑みを浮かべると、すいません、とそう大きくもない声で呼んだ。エドワードだったら考えなく大声で呼んでいるところを。
果たしてウェイトレスは愛想だけでもなさそうな笑みを浮かべてやってきた。
「…ロイって名前の奴はみんな女ったらしなんだってことか、これって…」
「エドワード? 何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「おう…」
なんだか釈然としない気分のまま、それでもエドワードもオーダーを入れるべくメニューに視線を落とした。
メインのチキンカツを瞬く間にロイは片付けた。というか食事そのものが瞬殺されたというのが正しい。エドワードも食べるのは速い、そして量も多い方だが、それでも呆気にとられてしまうほどの食べっぷりだった。大佐のロイと食事をしたことは…、試験の時の移動中などにはあったが、大人だからなのか何なのか、極端に早いということもなかったしやたらたくさん食べるということもなかった。だから、昼の間はパンもライスもおかわり自由らしい! と嬉々として、今が食べ時だとばかり頬張るロイに唖然としてしまった。
「エドワード、小食なんだな」
「小さいという言葉をオレの前で言うと死にますあしからず」
「…食が細い、ん、ですね?」
じろりと睨みつけて次は殺すと目で脅すエドワードに、ロイは言い直した。
「そんなんじゃねえ。ただなんつうか、おまえがあんまり食うから驚いてただけだ」
「そうか? こんなもんじゃないのか、俺達くらいの年の男なら」
けろりと言ってのけて、どこにも無駄な肉のない少年は小首を傾げた。そして、次はライ麦パンだ、と意気揚々と席を立つ。
すっかり食べる気が失せてしまい、エドワードはぽつりと呟いた。
「…男は普通に大量に食う生き物なんだよな…」
アルフォンスももし生身の体があったらあれくらい食べるということだろうか、と不意に思い、エドワードは無意識にフォークを握り締めた。
ようやく(空腹が)落ち着いたらしいロイは、食事についてきたアイスコーヒーを涼しい顔をして飲んでいる。エドワードもなんだかんだでしっかり食べたが、どうも調子を狂わされた感が否めない。
「しかし、妖精、かあ…」
こちらはオレンジジュースを飲みながら、エドワードはぽつりと呟いた。ロイがストローを口に含んだまま眉を上げてみせる。器用だな、と思いながらエドワードは続けた。
「どこもかしこも妖精だらけだぜ、夏だからかなあ」
「どこもかしこもってなんだ? あと季節関係あるのか」
ロイは不思議そうに問い返す。そういえば、彼は(本人の言う通りなら)過去の人間だ。今現在アメストリスで起こっている「妖精事件」についての知識はなくて当たり前である。そして考えてみれば、彼もまた当事者といえないことはない。何しろ、彼も妖精を追いかけてここまで飛ばされてしまったのだ。
「今年の春先くらいからかな? 妖精を見た、っていう報告が相次いでて、おまけに、夏に入る前くらいからかな…今度は妖精を見たって人間がぽつぽつ消え始めてんだよ」
「失踪?」
「まあな。でもあんまり数が多いから。そんで、皆していなくなる前に妖精を見た、って言ってるらしい。いや、いなくなってるから、言ってた、か」
エドワードは再びオレンジジュースを口に含んだ。
「でもオレは信じてない。きっと何かカラクリがあるんだと思う」
「カラクリって…」
「要するに、それで得する誰かがいるんじゃないか、ってこと」
軽く肩を竦めたエドワードに、ロイは、ああ、と感心したような声を上げる。
「なるほどね。リアリストだな」
「まあね」
「でも、共通点が妖精を見たってことだけ、ってことは、…他には何も手がかりがない、ってことか?」
ロイはそこをついてきた。エドワードもこれには頷かざるを得ない。調査にあたる軍こそ、今頃頭を抱えているに違いない。
「得をする誰か…でも、それなら妖精じゃなくてもいいじゃないか」
俺はこの時代のことはよくわからないけど、と付け加えてロイは疑問を口にした。
「それは…、だから、単純に、最初の事件と後の事件は別の意図によるってことなんじゃないか?」
つまり最初の姉妹の目撃情報と、その後の失踪事件は直接の関わりがあるわけではなく、世の中のその噂を隠れ蓑にしている誰かがいる、という論をエドワードは返す。しかし、それでもロイは首を傾げた。
「それは確かにそうだけど、いちいちこれからさらおうって人間にそんな、まあ何かトリックなんだろうけど、妖精を見せるなんてことしてからさらわなくてもいいような気がする。面倒じゃないか」
「ああー…まあ、確かにそうだけど」
エドワードは軽く両手を上げた。降参、という意味だ。