ティル・ナ・ノグ
「だからさ、それはわからないんだけど。でも、何かが都合がいいか、それかよっぽど思い入れがあるか、もしくは…噂が一人歩きして、皆違うものを見てるのに妖精だって思い込んでる、とか」
「思い込む…」
ロイは軽く目を瞠った。エドワードは天井の方を見回しながら口を開く。単純にそれは、言葉をまとめるための作業だった。
「だって、映像が出回ってるとかじゃないし、皆妖精って聞いた時のイメージは違うだろ、多分。羽根があるとか、背がでかいとか、耳がとがってるとか…」
ああ、と少年は頷いた。
「それで噂があれば、もしかして! って思い込む事だってあるわけだろ。だから…あ、そうか」
はたと気づいた顔でエドワードは台詞を切った。ロイは「なんだ?」と首を傾げる。しかしエドワードはといえば、閃いたことを話したくて軽く前に身を乗り出した。ふわりと金髪が揺れて、昼の光を弾いた。
「失踪した人は妖精を見た人ばかり、じゃなくて、妖精を見た人をさらってるやつがいるのかな、単純に」
「え?」
「そうか、順番が逆だったんだ!」
ふん、と拳を固めてエドワードは上機嫌に言い切った。ロイは瞬きした後、ふうん? と不思議そうに相槌を打つ。
「じゃあ、いなくなった人を探すには妖精が鍵ってことか?」
「そういうこと…になるんだけど」
そこでエドワードはしゅんとした。幾分悔しげな顔である。
「でも、そうすると、妖精の存在を認めることに…」
科学の敗北だ、とエドワードは呻いて突っ伏した。何もそこまで、とロイは口元を押さえて笑いを噛み殺す。
「笑うな」
「笑ってない」
「嘘だ」
がば、とエドワードが顔を上げると、確かにロイは平静な顔をしていた。とんだ鉄面皮である。大佐のロイと一緒だ。
「エドワードは妖精がいたら嫌なのか?」
ロイは何を考えているのか、不意にそんなことを聞いてきた。エドワードは微妙な顔でジュースをかき回す。
「別に…そういうことでもないけど…、いやでもなんというかこう、複雑な…因縁的とういか…」
「因縁?」
「いや、こっちの話。…まあ別に、夢があっていいんじゃ、ないの」
「なんだその棒読み」
ロイは呆れたように笑った。それで、エドワードも肩の力を抜く。互いに少し笑って、それぞれの飲み物を少しだけ飲んで、そうして口を開いたのはエドワードが先だった。
「ま、いいんだけどさ! 話だけなら面白いと思うし。たとえば…ええと…妖精の四つの宝物。知ってるか?」
「…宝物?」
名残惜しげにストローから口を離して、ロイが応じる。彼のグラスにはもう氷くらいしか入っていない。
「リア・ファル、クラウ・ソラス、ブリューナク、ダグザの大釜」
「…呪文か?」
「違うっての。王を決める運命の石と、抜いたら絶対に負けない光の剣と、絶対に的を外さない魔法の槍と、食べても食べても食い物が出てくるでっかい釜だって。それが妖精の宝物」
「ふーん…光の剣とか魔法の槍とか、なんか強そうだな」
少年らしくそうしたものに興味を示したロイに、エドワードは笑った。
「そうか? まあ強いんだろうけど、オレは、もしいっこだけもらえるとしたら釜がいいなあ。うん、断然釜」
「釜ぁ? かっこわるくないか?」
ロイは納得のいかない顔だ。しかしエドワードは笑いながらびしりと人差し指を相手の鼻先に突きつける。
「ばっか、考えてもみろよ。そんなもんあったら、食料の心配しなくたっていいんだぞ? こういう街中だったらいいけど、山ん中とか人が住んでない所に行くときって食料がほんとに困るんだ、あと飲み水」
自分の旅路を思い返しながらエドワードはしみじみと言った。しかし、ロイにはそういった想像がつかなかったらしく、怪訝そうに腕組みしてしまった。だがまあそれが普通の反応だろう。
「保存が利くか、どんだけ軽量化できるか、そのまんまで食べられるか。水だってもってける量には限りがあるから、たとえば川の水を濾過するやつとかさ…でも器具だってあんまり重いのはかさばるし困るだろ?」
おお、とロイは感心したような顔を向けてきた。なんだよ、とエドワードは眉根を寄せる。
「すごいな、エドワード、詳しいな」
「詳しいっていうか…、まあ必要に迫られて」
感心されるのはエドワードには珍しい体験だったので、ついつい照れくさく思い、目をそらしてしまった。
「そう言われてみれば大釜は役に立つな、…あれ? なんかそういうの、さっき話さなかったか?」
「え?」
ロイの声が途中から真剣みを帯びたので、エドワードは顔を上げた。少年は指先を何か描くように動かしながら口を開く。
「時間と距離の話だよ」
「ああ、あの話か」
「だからさ、それが確立できたら、大釜も可能なんじゃないのか? どこか別の場所から常に食べ物を取り出すっていうか、再構築するっていうか」
「あ、…ああ?」
エドワードは考え込んだ。そんなことが出来るならぜひとも開発したい。きっと役に立つことだろう。だが、そこまで考えてはっとした。そして、難しい顔で首を振る。
「エドワード?」
「だめだ」
「なにが?」
「そんなものが本当にできたら、軍に使われる」
「軍…?」
エドワードは拳を固くして声のトーンを下げた。まるでこのテーブルだけが違う世界のように感じながら。
「食料だけだって物資調達の負担軽減に繋がる。前線が延びても補給線に頭を悩ませることがなくなるんだ。それどころか、工場で作った武器をそのまま前線にもってける、鉄道整備もその人員もいらない。トラックも燃料も要らない」
ロイの顔色が変わった。彼にもエドワードの懸念が飲み込めたらしい。
「でも物ならまだいい。人間も大量に移動できたら、しかも一瞬で、どこにでも。再構築できたら、無傷の軍隊を」
エドワードはぎゅっと膝の上で拳を固めた。
エドワード自身は戦争を知っているわけではない。だがそれはウィンリィの両親を奪い(イシュヴァールは正確には内戦だったけれども)、この国を未だ不安定にさせている。
「エドワード」
「…ロイ?」
少年は落ちついた様子で真っ直ぐにエドワードを見ていた。
「だから、宝物っていうのは、四つあるんじゃないか?」
「え?」
「物に善悪はない。あくまで、使う奴がどっちかっていう問題だ。錬金術だって、考えてみればそうだ」
彼はゆっくりと口にして、そして笑った。
「さっき言ったじゃないか、エドワードは。王を決める運命の石、って」
「ああ…でもそれが?」
「使うに値する奴にしか渡さないってことじゃないのか、それって」
ロイは何気ない仕種でナプキンを取り上げて広げながら、言う。何をする気なのかと見守るエドワードの前で、彼は指先に氷が解けたことで少しだけ増えたアイスコーヒーを垂らし、ナプキンの上で動かした。あ、と思う間もなく、練成陣は描き終えられ、そしてロイは流れるような動作で両手を置く。
ぱちっと練成光が走ったのは一瞬。それでも店内の数箇所から視線が送られたが、目に見えて派手な練成物でもなければ気のせいだったかと思ってしまった人間ばかりだったようだ。
「はい」
出来上がったのはナプキンで作られた小さな人形。唖然としているエドワードにロイはそれを差し出す。