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Hello, Again1

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#1 Drift apart.




「嘘だろ?」

 もう慣れた反応に、エドワードはただ苦笑して「本当」とだけ答える。しかし独り歩きした名前というのは恐ろしいもので、相手はなかなか信じてくれない。
「やっぱり軍の狗はそう変わらないんだ、俺達みたいな貧乏人を助けても何の得もない、だからだろ? そうなんだろ!」
 吐き捨てるように言って、「鋼の錬金術師」の名のみを知る誰かは背中を向けた。エドワードはただそれを見送って、無言で壁を殴った。

 エドワードは自分が思うより有名で、旅なんてしていればあちこちで声をかけられた。
 だがしかし、あの混乱の最後に何が起こったかを知っているのはごく一握りの人間で、だからつまり、エドワードが錬金術を失ったことは当然知られていなかった。しかし困ったことに、彼が当時マスタング大佐に協力していた、というのだけはなぜか知られているようで、それならばと、手を貸してほしい、そう頼まれることが多くなった。
 嘘をつく意味もないので、そういう時、エドワードは正直に、もう錬金術は使えないのだと話している。かつて大総統に与した人間の報復があるかもしれないから明かすべきではない、と例えばホークアイなどは忠告をくれたが、エドワードはそういう嘘のつけない性格だ。勿論詳しい話はできないから、ただ事実のみを告げる。錬金術をなくしたと。
 だが、それを信じる人間はいなかった。使えないのではなく使いたくないのだろう、と、やはり国家錬金術師は自分だけが大事な連中なんだと詰られ責められるばかりで。
 …そんなことを話したら心配させるから、アルフォンスやウィンリィには話したことがない。ウィンリィなんて、見ず知らずの誰かをスパナでぶん殴りかねないではないか。
「傷害はまずいよなぁ」
 エドワードは呟いて壁に寄り掛かる。不意に脳裏をよぎるのは、故郷で自分を待つ大事な幼馴染でも、今は離れて旅をするやはり大事な弟でもなかった。似ている所なんてないはずなのに、誰よりエドワードをわかってくれる人。
 …話していないけれど、あいつ、ならこんなことお見通しなのではないかと思った。エドワードの判断に反対しない人。それは彼がエドワードに甘いのではなくて、エドワードの決断を信頼してくれているからだと今では知っている。聞いたわけではないが、きっとそういうことなんだろうと。
 その無言の信頼はいつも、何よりエドワードを勇気づけた。情けないとこ見せらんないもんな、と思えばまた立ち上がり前に進める。
 ぱしん、とエドワードは頬を叩いた。生身の両手で。


 髪型も変えたし、背も(控え目にいっても、少しは!)伸びた。コートだって派手で目立つ赤いのは卒業したし、腕は生身に戻った。傍らにいかつい鎧の騎士もいない。そうした記号的な、象徴的なものと決別したことで、エドワードをすぐにエドワード・エルリックと判別する者は減った。しかし、それは人目を引かないということと同義ではなかった。
「あら、遊んでかない? 負けてあげるわ」
「結構です」
 金は少しでも切り詰めようと、相変わらず安宿を中心に取っている。どんなに治安が悪かったとしても、錬金術がなくても、エドワードがそうそう他人に後れをとることなどありえない。はっきりいって、体術だけでも軍人レベルなのだ。
「兄ちゃん、こっちよってかねーか、負けても兄ちゃんが体で払ってくれりゃいいぜ」
「うっせ、帰ってクソして寝ちまえ酔っ払いが」
 回される腕を野次を振り払って、肩で風切るエドワードの背中は大変にりりしい。それでもまだ彼にしてはやんわりと断っている方だ。基本的に返事はしないし振り払うときだってそもそも相手が先に手を出すのが悪い、と全く容赦しないことだってあるのだから。
 そして今彼がやんわりと断っているのには一応理由がある。今滞在しているのが、イーストシティに近い街だということがそれに当たる。つまりは東部の管轄なのだ。
 エドワードの故郷は東部の田舎で、エドワードの恩人の何割かは東部の在である。だから累が及ぶのを嫌って、というのもあるし、もめごとを起こした時に「あいつ」が出てきてしまっては立つ瀬がない、というのも大きい。彼の中ではエドワードはずっと子供のままかもしれないが、エドワードはもう子供ではないのだ。…証拠に、赤いコートや刺々しいデザインからは卒業した。
「…」
 ばたん、と足でドアを閉めて、そのままどさりとベッドに転がる。天井を見上げながら、両手を上に持ち上げた。その掌を、じっと無言で見つめる。
 少し前、だろうか。
 セントラルに立ち寄った時、「あいつ」――元後見人、ロイ・マスタングに会った。会えると思っていたわけではない、と思うが、会えたらいいと無意識に期待していたことは、会った瞬間の嬉しさで気づいてしまった。そうだ。エドワードはロイに会いたかった。
 そして、軽く目を見開いた後、くつろいだ笑みを浮かべた男も、きっとそうだったのだと思う。彼もまた、社交辞令でなくエドワードとの再会を喜んでくれていた。それは自惚れではないと思う。
「…、」
 手をひらひらと動かしてみる。明かりのない部屋には、それでも窓の外から遠慮のない喧騒と車だろうか、時折光が射しては離れていく。
 目を伏せて、てのひらへ唇で触れる。
 そこは再会した時に、酔った勢いなのかそれとも酔ったために表層へ出てきた本心なのかわからないが、彼が唇で触れた場所。

『きみの手は、』

 目を伏せた。
 こんな気持ちがあるなんて、知らなかった。エドワードにとって、誰かを恋しく思うことは幸せであたたかいものであって、苦しく、胸を痛めるようなものではなかった。そういった気持が世の中にあることは映画や小説、物語で知ってはいたけれど、どこか実感のないものだったのだ。大人になって、幼馴染と一緒になって、幸せな家庭を作る。エドワードにとって恋というのは長らくそういうものだったのだと思う。そしてそれは一応の成就を見たばかり。旅立つ前に。
 それなのに、だ。
 まるでそんな自分をあざ笑うように、あの漆黒の面影が心を乱すのはなぜなんだろう。
「……でも、…違うだろ?」
 言い聞かせるようにエドワードは呟く。ここのところ、気がつくと彼のことばかり考えている。あの時離されてしまった手を、どうして追いかけなかったんだろうと、なぜかそんなことばかりを。いや、それどころか、どうしてこんな風に離れてしまって平気だったんだろうと、愚かなことを考える始末だ。
 エドワードはぎゅっと目をつぶり、手を体の脇におろして呼吸を鎮める。どの道、もう近づくことのない身の上ではないか。慕わしく思っていたとしても、ただそれだけ。遠くからただ見ていることしかできない。もう、自分がロイの役に立てるようなことは何一つない。たったひとつ約束が残っているけれど、それだって彼が覚えてくれているかどうか、エドワードは自信が持てない。彼の誠実さを疑うわけではないが、単純に彼は国のために多忙を極める身の上で、自分はそうではないということからくる肩身の狭さのようなものがエドワードをエドワードらしからぬ不安に追い込んでいたのである。


作品名:Hello, Again1 作家名:スサ