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Hello, Again1

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 禁欲的な横顔をさらしたまま、マスタング准将はふっと決済の手を止めた。案件が難解だったのではない。
「……どうしているかな」
 彼はほんの少しの笑みを口元に刷くと、ぎっ、と音を立てて椅子の上で背筋を伸ばした。そうして胸元から取り出した手帳を丁寧に開き、中に挟んだ一枚の写真を取り出し眺める。
 そこには、椅子に座ったロイとその隣に立つエドワードの姿があった。かつて一緒に撮った、たった一枚きりの写真だ。
 ロイの指先が、写真をそっとなぞる。いとおしむ仕種であることは誰が見ても明らかだったが、この部屋には彼がひとりいるだけだった。
「……、…助けを求めてくれるくらいだったら、よかったんだが」
 苦笑して彼は語りかける。答えのない問いかけを、ただ虚空に。
 エドワードが旅に出るというのを聞いた時、なんでも頼りなさい、そう言っていた。勿論本心から。だが彼はそうはとらなかったようで、何言ってんだ、と取り合わなかった。でも、サンキュ、とはにかんでいたから、本心ととらないまでも気遣いに対して嬉しくは思っていたのだろうけれど…しかし何もロイはエドワードをただ喜ばせるために言ったわけではなかった。
 彼は自分の決めたことに対して弱音を吐かないだろう。いつもそうだった。…彼は天才だった。紛れもなく。そして今もそうだろう。だが、彼を天才たらしめていた重要な要素である錬金術が消えた。
 ロイは写真をなぞる手を止めて、目を伏せる。
 つらいことがなければいい、と本当に思う。彼は陥ることはないかもしれないが、あの時そう決断したことを後悔するようになったら、彼を救うものは何もなくなってしまう。彼は錬金術と引き換えに弟を取り戻した。それは称えられるべき勇敢さであり、献身だろう。けれど、本当にこの先の長い人生の間、ずっとそのことを悔やまずにいられるのだろうか? 余計な世話なのはわかっているが、ロイは思わずにいられない。もしもあの決断を悔やむことになったら、誰より苦しむのは結局エドワードだからだ。失ったものと取り戻したものの間で悩み苦しむ姿なんて見たくもない。
 ロイは自分の両目を押さえて嘆息した。
 しかし、自分は彼が拒否したものを使い、再び視力を取り戻した。それを悔やんではいない…、いや、悔やむ権利はもうロイにはない。どの道、自分の残りの一生は既に決まってしまった。これ以上を望むことなど許されない。
 ロイはそっと手を目から外して、そうして、写真を元に戻した。だが、手帳に挟み直す寸前、写真の上にそっと唇で触れた。望むことは許されなくても、想うことくらいは許されるだろう。ただ、それだけを思って。

 ロイの周囲の人間は、彼が以前よりずっと硬質になったと感じていた。表面的なことを言うならその逆で、ずっと穏やかになり、不遜な態度もなりをひそめて、随分丸くなったものだと評されているのだが、身近な人間の評価はまるで逆だった。
 単純に言えば、彼は望まなくなった。恐らく親友の敵を討ち、国をひっくり返し、そこで一端彼の望みはひと段落ついてしまったのが原因なのだろう。もしかしたらそこで軍から解放してやるのが優しさだったのかもしれないが、彼はそんなものが許される人間ではなかったのだ。要するに、時代に、世の中に必要な人間だった。
「あのひと、あんなんで何か楽しいことってあるんですかね」
 久しぶりに顔を合わせた男は、ホークアイにそう語った。軍を離れた今でも、こうして彼にしかできないサポートを買ってくれるハボックは、ホークアイにとってかわらず同志のひとりである。
「…そうね。どうかしら」
 ホークアイは困ったように笑った。その答えはつまり、ないと思う、ということである。ハボックに同意するということだ。
「なーんか、真面目でお固くて、いいんでしょうけどね、でもなんか、あの人らしくないんだよなあ」
 ハボックの飾りのない台詞にホークアイは苦笑した。苦笑するしかない。
「そうね。叱り甲斐がなくて私も退屈よ」
「でしょう、わかりますよ。…あ、もう一杯どうすか」
「そうね…、じゃ、もう一杯だけ」
 少しだけはにかんでグラスを差し出すホークアイに次を注いでやりながら、ハボックはゆっくりと続けた。
「実際…、なんつうか、元々根は真面目な人ですしね」
「…、少尉?」
「はは、やめてください。もう、ね、俺はハボックですよ、なんなら名前でもいいですよ」
「…ハボックさん、というのもなんだか変な感じね。いいじゃないの、少尉でも」
「まあ、…はい」
 何となく残念そうな苦笑を浮かべた後、ハボックは続けた。
「いや、実際真面目だと思いますけどね、俺は。むしろ、真面目が行き過ぎてちょっと馬鹿だなと思ったこともあるけど」
「真面目すぎて馬鹿?」
 ホークアイは軽く目を瞠った。彼女はそういう風にロイを見たことがなかったので。…だが、考えてみたら、昔自分の家を訪ねてきた頃のロイは、確かにまあ真面目だったと思う。理想家というか。
「真っ直ぐなのかもしれませんけどね。普通人間てやつは、あんなに…そう、どっかで色々諦めて大人になるんだけど、あの人は未だにこう、若いというか…、純粋? というか」
「驚いた。…少尉は随分あの人が好きなのね」
 ホークアイの心底驚いたという台詞に、ハボックは飲む寸前だったワインを吹いて、むせた。
「何言ってるんですか、いきなり」
「だってそうじゃないの? 驚いたわ…」
「じゃあ、大尉はどうなんです。あの人のことどう思ってんすか?」
 さりげない質問だったが、実際は随分深い。ホークアイは瞬きして、ハボックのこちらを見つめる真剣な目を見返す。少し考えるようにワインを舐めてから、ふ、と笑みを浮かべた。
「…よくわからない」
「わからない?」
「そう。…大事なのは確かね。でも、…家族みたいなものなのかしらって思うの。もう、好きとか嫌いではないわね。ただ…、」
 ホークアイは少し首を傾げるようにしてハボックを見つめる。
「あの人と私は同じ罪を背負っている。だから…、私があの人を幸せにすることはできないでしょうね。逆もそう」
「…罪、ですか」
 ハボックは面食らった様子で聞いてくる。ホークアイはただそれに頷いた。詳しいことは、同志だからこそ話せない。
「ええ。…私たちはそこから逃げることは絶対にできない。お互いを見れば必ずそのことを思い出すのよ」
 ――もしもロイが焔の錬金術を得なかったら?
 それはもはや意味のない仮定だったが、それでも考えずにいられない。本当はあの時もっと賢い選択があったのではなかったかと。どうしても後悔せずにいられないのだ。そしてその後悔があるからここまで来れた。
 ふと、エドワードのことを思い出した。エンヴィーを前に箍が外れていたロイを諌めた、あの少年の一言。自分が銃を向けただけではだめだった。エドワードの一喝が、ロイを救ったのだと思う。スカーの説得も勿論大きかったが、やはり、引き返すのを決めたエドワードが、ロイを救った。あのままだったら彼は自らの業火に耐えきれなかっただろうから。
作品名:Hello, Again1 作家名:スサ