こらぼでほすと 漢方薬3
ほら、横になりなさい、と、トダカが、ベッドに倒れ込んだニールを、ちゃんと枕に頭が当たるように動かす。毎日のように、沙・猪家夫夫に連絡を入れて容態を確認していたので、刹那が戻って、瞬く間に回復したと報告は受けているのだが、何かしら心配ではあるらしい。
「もう熱は下がりました。あとは、様子見なんで大丈夫です。」
「本当に下がってるのかい? 娘さん。きみは、外面だけはいいからね。」
「これは誤魔化せませんよ? トダカさん。」
ニールの腕には、バイタルサインを確認する腕輪がつけられている。こればかりは態度では誤魔化されてくれないから、ニールの発熱は治まっていることを証明している。
「そうそう、ママはね、いっつも僕らを騙すんだ。ちゃんと食べてるの? 」
キラもベッドに座り込んだまま、ニールを押さえつける。大丈夫、大丈夫と、なんともないような顔をするから、キラは、大概、騙されている口だ。
「刹那に無理矢理食わされているよ。・・・なあ、キラ。フリーダムの調整は終ったのか? 」
「うん、ほぼ完了。あと、細かいことを僕が調整するのと、フリーダムの特殊な使い方を教えるぐらい。」
まあ、そんなとこだな、と、ニールも納得する。座席やラダーの位置を調整するぐらいは、大した時間のかかるものではない。そろそろ整備は終っているだろうと考えていた。それならそれで、やることがある。
「トダカさん、お願いがあるんですが。」
「なんだい? 」
「八戒さんに頼んで、俺をお持ち帰りしてくれませんか? 」
「何度も頼んでるんだけど許可してもらえないんだよ。」
「そこを強引に。」
「帰りたいの? ママ。」
キラが、ニールの頼みに反応する。帰りたいというなら、どうにか帰らせてあげたい。だが、ニールは、「俺が居ると、いろいろと面倒なんだ。」 と、おかしな答えを返してくる。
「なんで? 」
「うーん、まあ、いろいろとさ。それより、キラ、おまえさんは、さっさとラボへ行け。刹那が待ってるぞ。仕事まで時間がないだろ?」
その言葉に、おおっと気付きキラは、すたこらとラボへ走っていく。アスランのほうは、何か言いだけにして、トダカと視線を合わせて出て行った。さしづめ、おまかせします、だろう。トダカは、話を聞くために、傍の椅子に腰掛ける。
「それで? 」
「・・・刹那が急いでいるみたいなので、治ったということで、里帰りさせて欲しいなってとこです。一応、八戒さんには頼んであるんですが、トダカさんに援護してもらえると心強いので・・・お願いします。」
黒子猫は、無口無愛想だが、親猫には、あの大きな赤い瞳と気配で、なんとなく言いたいことが伝わる。昨日からの刹那を見ていると、何かしら焦っているような感じがするのだ。たぶん、今、見つけた世界の歪みのことではないか、と推察できる。それの確認に赴きたいが、親猫が臥せっていて回復させるまでは動けないと思い込んでいる。そこいらが、親猫になんとなく伝わってきた。昨日も午後から様子を確認に来た八戒に、頼んだのだが、あまり良い返事ではなかった。というのも、寺へ帰れば、確実に漢方薬を飲まずに過ごすことが予想されるし、まだ、あまり動いていいとも思えないということらしい。
「なあ、娘さん。それで、娘さんはいいのかい? 」
ニールの言い分に、トダカは苦笑する。ニールにしてみれば、せっかく戻って来た刹那と、少しはゆっくり過ごしたいはずだ。それなのに、さっさと追い出すような真似をするのは、いいのか? と、確かめた。
「いいんです。別に、もう二度と戻らないってことではないんだから。今は、刹那がやっていることを優先させてやるべきだと思います。」
「また、熱を出すんじゃないのかい? 」
黒子猫のお陰で気力が戻っているが、いなくなると、途端に、それもなくなるので、また具合が元通りになるんじゃないか、と、トダカがからかい半分に言うと、ニールのほうも苦笑して頷く。
「そこは、お里でお父さんに甘えます。」
「わかったよ。じゃあ、かわいい娘さんの援護をしてあげよう。八戒くんたちは、こっちに来るのかい? 」
「たぶん、食間の薬を運んできて、気功波を当ててくれるはずです。」
昼食後、小一時間昼寝して、それから、食間の薬を飲まされて、気功波を当てられる。それが終ると、沙・猪家夫夫は出勤していくのが、日課だ。もちろん、トダカも、同じように出勤となる。急いでいる刹那のために、今日にでもトダカ家に帰してもらいたい。そうすれば、刹那も、準備して、今夜にでも出発できる。
「つくづくと、貧乏くじな子だね? うちの娘さんは。」
「そうでもないですよ。今回は、運が良かった。」
「まあ、そうともいうかな。けど、きみが、ここに滞在してなきゃ、この話は、きみには届かなかったと思うんだ。」
「そうでしょうね。だから、良かったと思います。」
ラボでの騒ぎなんてものは、寺までは伝わらない。後日報告という形で、三蔵には伝わるだろうが、ニールには教えられない。だから、寺に居れば、知らずに済んだことだ。当事者の刹那も、何も言わないだろうから、ニールには知る術はない。それが、知れて手伝えたのは、ニールにしては、ある意味、運の良いことだった。
しばらくして、沙・猪家夫夫が、薬と共に現れる。そこに、トダカの姿を見て、八戒も苦笑する。昨日、その話を聞いて、難色は示したのだが、よくよく考えたら、そのほうが、こちらも都合がいい。別荘に引き篭もっていると移動が問題になる。トダカ家なり寺なら、こちらも勝手に動けるし、何かあっても、すぐに対応できる。店に出勤していると、緊急事態があっても、別荘まで駆けつけるには時間がかかるからだ。
「娘さんのおねだりは、お聞きになりましたか? トダカさん。」
「ああ、聞いたよ、八戒さん。里帰りさせてもらえるかい? 」
「お叱りにはなったんですか? 」
「もう、散々に叱られてしょげているのに、これ以上は可哀想だ。それに、こういう場合、父親というのは甘やかしてもいい特権がある。」
「おやおや、初日のお怒りモードの方は、誰だったんでしょうね? ニール、一番に怒鳴り込んできたのは、あなたのお父さんで、すごい剣幕だったんですよ? 」
ニールも、そのことは、シンとレイから聞いていた。意識がなくてよかった、と、思ったほどだ。トダカに本気で叱られたら、それだけで確実に凹むこと請け合いだ。
「あははは・・・俺、運がいいかも? ・・・・八戒さん、一時帰宅認めてくれませんか? 刹那が出たら、戻りますから。」
「もちろん、それは結構です。虎さんと鷹さんからも、別荘から早めに追い出して欲しいというリクエストがあるんで、ひとまず、里帰りしてください。寺のほうは、僕らで適当に様子を見ておきますから心配はいりません。それより、薬だけは確実に飲んでくださいよ? 五日後に、検査をしてもらいます。それまでに、数値が安定していなかったら、しばらく漢方治療を続けますからね。」
「そちらは、私が責任を持って飲ませるからね。」
「ま、お父さんなら任せても大丈夫だな、八戒。」
作品名:こらぼでほすと 漢方薬3 作家名:篠義