こらぼでほすと 漢方薬3
「んなもん、どうってことねぇーだろ? おかんには、迷惑かけてもいいって言っただろ? そうじゃない。おまえの中で、次の最優先ミッションは別にあるんじゃないのか? それを終らせないことには、休暇も楽しめないから、俺は、そう言ってるんだ。待ってるから、さっさと終らせて来い。」
「ほんとか? ほんとに怒っていないのか? 」
「怒ってない。しつけぇーぞ。」
親猫は、本当に怒っていないらしい。怒鳴っているが、笑顔だ。出て来い、と、手で招いているので、黒子猫も寝室を後にする。居間に入り、さらに、廊下への扉を通り抜ける。そこで、親猫はぽんぽんと黒子猫の頭を軽く叩いた。
「何もしてやれなくて、ごめんな。」
「あんたは、いてくれるだけでいい。すまない、二度とミスはしない。」
「ああ、気をつけていけ。」
ぎゅっと黒子猫が、親猫に抱きつくと、親猫も洗濯物を置いて抱き締めてくれる。行きたいところがある。それだけやり終えたら、戻って来る。それまで暫しのお別れだ。
「冬前には戻る。」
「うん、待ってるよ。」
廊下の向うには、トダカが立っている。そろそろ時間であるらしい。お迎えが来た、と、身体を引き剥がす。すると、黒子猫は、トダカのところに走り寄って、「俺のおかんを頼む。」 と、挨拶すると、そのままラボへ駆けて行ってしまった。
その夜に、フリーダムで刹那は出発した。細かなマニュアルは、移動中に確認するという慌てぶりからすると、人革連のほうで、何事かやっているのだろう。キラには、その目的も教えたかもしれないが、それを親猫に告げるものはいない。トダカ家のほうに戻ったニールは、アマギの訪問を受けていた。
「トダカさんなら、店ですよ? アマギさん。」
「そのトダカさんからの命令で、ここに来たんだ。」
「はい? 」
アマギのほうは、勝手知ったるなんとやらで、さっさと台所へ向かい、冷蔵庫の中を物色している。そこには、八戒が、ペットボトルに詰めた用途別の漢方薬が、収められていて、その注意書きを確認して一本を取り出した。
「これを少し温めて飲ませるのが、私の用件だ。」
「げっっ。」
「何が、『げっっ』なんだ? ちゃんと飲むという約束なんだろ? 」
それから、と、レトルトのお粥が、コンビニの袋から取り出される。これも、トダカからの指令だ、と、アマギは笑っている。
「俺、そこまで信用ないんですか? 」
「ないだろ。現に、きみはスルーしていたようだが? 」
トダカは、何も言わずに出勤したので、飲まないでスルーしようとしていたのは事実だ。ちゃんと、アマギに連絡をしていたとは思わなかった。
「あ、いや、飲むつもりはあったんですよ? まだ、時間が早いかなーって。」
「もう夕食の時間は、とっくに過ぎてると思うんだが? トダカさんが、きみの無茶に、どれだけ怒っていたと思う? 散々叱られた後だったから、何もおっしゃらないけど、本当は叱り飛ばしたかったんだよ? 」
「・・・はあ・・・」
「あまり心配をかけないでくれ。あの人は、怖いんだ。きみがダウンした後で、八つ当たりで、オーヴ軍の首脳陣がえらい目に遭ったんだからね。」
トダカは、ニールの意識が回復するまで、ラボに顔は出さなかった。その間に、オーヴ軍のほうへ八つ当たりはしたらしい。直接、ホットラインで、軍内の小悪事の暴露をして、首脳陣に、その解決を突きつけた。この程度のことも解決できないのなら、おまえたちは無能だと、笑っておっしゃったらしい。普段、温厚なトダカに、そう責められると、首脳陣も慌てて、それらの処理に奔走させられた。アマギも、それに付き合わされた。 大人しくしていなさい、と、怒鳴れない理由があって、それでも、ダウンするほどの無茶をしたニールには、トダカにしてもぶつけられない憤りがあった。それを直接に、ニールにはぶつけられなくて、そういうことになったのだと、アマギは説明した。
「うわぁー。」
「きみがやったことは、仕方がないとはいえ、身体を損なうほどの無茶だったから、怒りが納まらなかったんだ。」
「・・・すいません。」
「私ではなくて、トダカさんに謝りなさい。」
「・・はい・・・」
「本気で心配しているからね、きみの父上は。だから、珍しく八つ当たりされたんだ。」
そして、私を、ここへ派遣させている、と、アマギも苦笑する。絶対に、飲まないだろうとトダカも予想していたのだろう。だから、わざわざ、アマギを寄越した。
「アマギさん、食事は? 」
「食べてきた。とりあえず、これを飲んで、それから、これを食べて、そして、最後に、これだな。」
とんとんと、食卓に順番に置かれていくものは、馴染みとなった不気味な液体と、お粥と、さらに、不気味な液体だ。回復させるためのものだから、飲んだほうがいいのだが、ニールとしては、忘れたでやり過ごしたかった代物だ。
「お茶でもいれましょうか? 」
「いいから、これを飲む。」
「はい。」
食間の薬を手に持たされて、諦めて、それを飲み干す。それが終ると温められたレトルトのお粥だ。それだけでは栄養がないから、生卵が放り込まれて、少し醤油が落とされている。
「明日からも、誰かが来て、きみの薬は飲ませることになっているからね。なるべく、私が来るつもりだが、逃亡しないように。」
「逃亡するところがありません。」
「なら、諦めるんだな。たかが五日間のことだ。」
アマギは、お茶を入れながら楽しそうに、ニールの様子を眺めている。トダカは、ニールには甘いが、こういうことには厳しい。忘れたフリなんて許すはずがない。
「そうですね、五日ですよね。」
渋々、お粥を口にしているニールは、これが半年毎のイベントになることは知らなかった。
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五日後に、本宅で検査が行われた。ドクターのほうは、その数値を確認して、信じられない、と、驚いた。化学療法のクスリを止めて三週間近く経過しているのに、何一つ悪化していなかったからだ。
「ただし、多用できるものではないし、ニール限定ですから、転用は効きません。それは、ご理解くださいね。」
成分その他に関して不問に付すと、最初から、八戒は言い置いていた。それだけは、どうしても認められない。
「もちろん、そちらのクスリに関しては、何も聞かない。助かった。これで、クスリの増量は先に延期できる。」
「効力は半年です。後、何回かは使えますので、半年毎に、漢方薬治療の時間を入れさせてください、ドクター。」
「そちらは、お任せするよ、八戒さん。・・・これで、かなり引き延ばせる。感謝する。」
遺伝子異常による細胞異常が拡大しなければ、ニールの寿命も大幅に引き延ばせる。その間に、細胞異常を解消できる治療が開発されれば、完治させられるのだ。時間さえあれば、というのが、ドクターも念じていたことだった。
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結果的に、三週間、寺を留守にしていた女房が戻って来たのは、そろそろ秋だろうという時期だった。まだ、日中は暑いものの、朝夕には涼しい風が吹くようになってきた。
「長くかかってすいませんでした。」
作品名:こらぼでほすと 漢方薬3 作家名:篠義