永遠に失われしもの 第13章
「まぁ~たくッ!
今度は辛気臭い場所ね~・・
土くれだらけの壁に・・」
グレルはサンカリストの地下墓地の、
細長い通路を、歩みながら
不平不満を誰に言うともなく呟いている。
「あら?」
いきなり地下教会に入ると、
そこは思いもよらない広い空間で、
豪奢な宝飾に満ちてはいたが、
どこもかしこも、鮮血の血しぶき跡で、
元がどのような装飾だったかさえ、
定かではない。
「チョッとイイ感じじゃな~い?
赤・赤・赤・
燃え爛れる赤!」
両手を大きく広げ、
その凄絶な空気を抱きしめるように、
大きくグレルは息を吸う。
「ヒヒ、小生は、このジメジメした
感じが好きだけどネェ...」
教会の高い天井を支えるために、
広間の中央にもそびえ立つ列柱から、
銀色の長い髪が見え隠れする。
「イヤだ~なんで先にアナタがいるの~?」
グレルは期待した顔をしながら、柱の後ろ
を覗き込む。
「アタシに会うときは、
前髪分けてっていってるのにぃ~・・」
「こうかい?」
葬儀屋が、彼の長すぎる前髪を
ざっくりとかき分けると、
思いがけない涼しげな切れ長の
翡翠の瞳と、ぴんと通った気品ある鼻筋が
現れた。
そのせっかくの鼻筋を通って、
残る傷跡でさえ、
彼に一種の箔のような凄みを与えていて、
少しも見目を損なってはいない。
頬をぽっと上気させたグレルは、
葬儀屋に身体を寄せて言う。
「・・・抱いて・・・」
「そうしたいのは山々だけど、
小生はこれから仕事でねぇ...」
「アタシも仕事なのよねぇ~・・・もう・・
何時まで残業すればいいつーのよっ!」
「そりゃご苦労さん..」
「ねぇねぇ、今晩アナタのところに、
泊まってもいい?・・」
「ふむぅ~、それはちょっと無理だねぇ。
先客が...おっとっと」
「ええええェェェ~~~
誰かもう連れ込んでるの??
ひどぉおおおい」
グレルに両腕を掴まれて、ぐらんぐらんと
揺らされている葬儀屋。
「そんなんじゃないのさ。
旧い友人が会いに来ただけで」
「な~んだ・・
それならゆ・る・し・てアゲル。
彼女だったら、切り刻んで、
金魚のエサにするところよっ!」
「また今度ねぇ・・」
グレルが、一しきり
はしゃぎ回ったところで、二人は別々に、
それぞれの仕事をし始めた。
随分と時間が経ち、
グレルはようやく最後の死体に近づいた。
黒いローブから、
はみ出た長い茶色の髪を掻き分け、
その顔を確認して、手帳に記入を始める。
「え~っと・・マーリン・・・・
何て読むのよこの苗字!!
まぁいいヮ・・・ミッドフォード侯爵
令嬢付き小間使い・・っと」
葬儀屋の翡翠色の瞳が、光った。
作品名:永遠に失われしもの 第13章 作家名:くろ