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永遠に失われしもの 第13章

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 セバスチャンは白く細い指で、
 シエルの渇ききった、
 乾季で日照った川底のような唇をさわる。

 悪魔が自力では行けない、
 死神の管轄するであろう場所から、
 召還されるとともに、
 莫大な魔力を使って、
 その身体を運んでしまったのである。
 これだけ渇ききってしまっても、
 それは当然のことだった。

 
 シエルの唇から戻した人差し指を、
 セバスチャンは自分の口に寄せ、
 指先を軽く噛む。

 針を刺したように、
 赤く丸いピアスのような血が
 指先に広がるのを確かめながら見つめて、
 シエルの唇にまた触れた。

 ゆっくりとその指を唇に添い横になぞり、
 渇いた大地が水を即座に染みこむように、
 シエルの唇を潤わせる。
 
 瑞々しく咲き誇る薔薇の花びらのように、
 薄紅色に染まるシエルの唇。


「まるで口紅をつけたような--」


 --意識があれば、
 きっと酷く怒ったに違いない--


 セバスチャンは、
 シエルの小さな顎を軽くつかみ、
 少し力を入れ、押し下げて、
 口を半開きにさせる。

 玉蜀黍のように、
 綺麗にならんだ純白の歯と歯の間に、
 渇いて色を失った舌が浮かんでいた。

 
 セバスチャンの人差し指が触れ、
 シエルの舌に、徐々に潤いが戻り、
 今は、花菖蒲の花弁にも似た風合いを
 醸し出している。


 紅茶色の瞳を瞬きもせず、
 漆黒の執事は、
 その細く整った顔をシエルに近づけ、
 その舌をさわっていた指を口中から抜くと

 もう一度シエルの顎をつかみ、
 さらに小さな彼の口をさらに押し広げて、
 自ら噛み、傷をつけた舌からでる血を、
 その中に滴らせた。


 シエルの口腔内は、十分潤ったが、
 彼の喉頭蓋は反応せず、それ以上、
 奥へ血が流れ込むのを止めている。

 シエルの口腔内に
 余分な血が溜まっていく。


 セバスチャンは、
 シエルの前髪を後ろに撫で付けながら、
 シエルの口腔奥深くへと、
 細く尖らせた自らの舌を差しこみ、
 溢れる血を舐め吸い取った。

 そのまま、シエルの綿雪のように
 柔らかいうなじに、舌を這わせ、
 丹念にその首筋を舌で舐めあげ吸う。
 
 漆黒の髪を揺らし、機械的に舐めあげる。
 さながら、犬になったかのように。


 そうして、しばらくすると、
 シエルの首筋からは
 青黒く浮き上がってたはずの痣は、
 跡形もなく、消え去っていた。

 セバスチャンは、
 ふっと首筋から顔を離して、
 遠くの風景を見るような眼差しを
 シエルに向ける。

 それからだらりと弛緩しきった、シエルの
 か細い腕を取り、肘の裏に口付ける。
 シエルの手首の枷の鎖が床に引きずられ、
 音を立てている。


 痣がまた一つ消えたのを確かめて、
 シエルのまだ、筋肉の十分についてない、
 かといって、脂肪もない中性的な下肢に
 目を向け、膝に手を回し、持ち上げた。

 膝の裏から、シエルの細すぎる足首まで
 するっと撫でるように、
 優美な動作で手を動かし、
 足首の枷の上を掴んで
 脚を伸ばさせ、さらに上に持ち上げる。
 シエルの腰が浮き上がるほどに。


 紅茶色の瞳は一回も閉じられることなく、
 シエルの死んだように眠るその顔を
 じっと見つめながら、
 セバスチャンは、
 膝の裏に舌を走らせて、
 最後の痣を消していった。