永遠に失われしもの 第13章
「ただいま~執事君...伯爵~~...って
伯爵は返事なんかしそうに、ないねぇ..」
ホテルの自分の部屋に戻った葬儀屋は、
ソファーに横たえられ、
赤い天幕を寝具のようにかけられた、
生気のないシエルの顔を見つめた。
「お帰りなさいませ」
ソファーの横で、燕尾服を纏い、
姿勢良く立つセバスチャンが答える。
「伯爵の様子はどうだい?...]
「魂をどこぞの世界か次元に
漂わせてらっしゃるか、
砕けてばらばらになってらっしゃるのか、
ともかく、良くありませんね」
「ここには無いと?」
「ほんの極僅かには存在を感じますが、
極めて不安定で--」
「ふぅん・・では、
また召還されてしまったりするのかい?」
「ええ、場合によっては。
今日の地下教会での黒ミサのように、
正式な手順を踏まれたものですと、特に」
獣の烙印を持つ悪魔などと、
悪魔につく形容詞を特定されると、
また格段と可能性があがりますね--
ぼっちゃん、
やはり烙印は消しておくべきでしたよ--
聖書の聖句にあるとはいえ、
悪魔召還の文言にそれが使われると、
迷惑なものです--
せめてぼっちゃんが、
どなたかにマーキングをされていれば、
通常悪魔の行けない場所に行かれていても
それを伝って戻れますが--
まだ未熟なぼっちゃんに、
そのような行為を期待しても、
無駄というもの--
セバスチャンは気品のある細い眉を寄せ、
その眉間に二本の指を当てて、
大きくため息をついている。
「それで...
伯爵の正気を取り戻す方法は?」
「あてが無いわけではありませんが--」
セバスチャンとて、主が人間であった頃、
毎晩のように、どのような悪夢を
見ているか分からないわけではなかった。
うなされて、途切れ途切れに聞こえる、
その言葉から、シエルが、
自分が召還された黒ミサの晩のことや
その前の1ヶ月間の屈辱の日々を思い出し
苦しんでいるのは、容易に察しがついた。
--私は人間の振りをしたことはあっても
人間であったことはないので、
人間の心的外傷がどのようなものであるか
実際には全くわかりませんが--
同等か、それ以上の刺激を与えられたら、
その反動で戻るかもしれない。
主の性格を考えれば--
砕ければ砕けるほど、
輝きを増す、そんな御方ですからね--
ただ実際に何をするかという話になると、
主が自分を召還した際に喪失した
代償以上の代償、
もしくは、主が受けた屈辱以上の屈辱。
それらは主であるシエルにとって容易に
受け入れられるものである筈がなかった。
そして、
それを用意するセバスチャンにとっても。
「正直、気が進みませんね。
私としては。
そうするくらいなら、
このまま永遠に御眠りになって
頂きたいくらいな事です」
「でも伯爵は魔剣を探してるんだよねぇ?」
そうなのだ--
我が主は、いつだって
私の美学と欲求を試すようなことばかり、
為さるのだから--
突然、セバスチャンは
何かを嗅ぎつけたかのように、ソファーに
横たわるシエルを天幕ごと抱きかかえ、
ベランダへ続く窓を開け放つ。
「お客様がいらしたようですよ
すぐ戻ります」
作品名:永遠に失われしもの 第13章 作家名:くろ