MY SWEET HOME
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疾風のように消えていった刹那を見送った後、グラハムはリビングに戻り、先ほど新たに買ってきたテレビの電源を入れた。あまり大きなものではなく、テーブルの端において、反対側の端から見ればちょうどいいくらいの、小さなモニターだ。
ニュース番組にチャンネルを合わせる。紛争が始まったばかりなら、まだどこの局も報道していないと思うが、刹那とガンダムのことがどうしても気になるのだ。直に速報として情報も流れるだろう。グラハムはそれを待つことにした。
刹那は、戦いを無くしたいと思いながら戦っている。その行動理念は矛盾の一言だが、純粋すぎるくらいひた向きにそれを成し遂げようと戦う姿は、矛盾と切り捨てるにはあまりにも一途で痛々しいほどだった。
グラハムは、刹那のその純粋さが羨ましかったのかもしれない。地上の何にも縛られず、ただ一つの目的のために生きる、そんな生き方をしたくなった。強さを追い求めれば、それだけに固執すれば、刹那とガンダムに近づけると思った。世界も何もかもを捨てて戦い続け、そこにたどり着けば見つけられるはずだった。自身が求めた極みまでも。
──けっきょく、グラハムのその剣は、刹那の手によって無残に折られてしまったけれど。
世界のために戦い続けた彼と、自分のために戦ってきたグラハムとでは、同じく純粋であろうとしても、その理由が違っていたのだ。
刹那の剣は、地球という大地に深く突き刺されるほど大きくて、グラハムの剣は、ガンダム一機にやっと届くほどの、小さなものだったのだろう。
「刹那……」
その彼に命を救われた手前、もはや死ぬこともできず、けれど生きる目的を失い、今後どうしたらいいのかを、ずっと思い悩んでいた。そんなとき、刹那がグラハムの前に現れたのだ。戦争中はひたすら刹那を追い回したから、彼のほうから会いにきてくれたことが、本当に驚きだった。
勝負には負けたけれど、グラハムの一途な思いは刹那の心に届いていたのだ。
そこから、何がどうなって今に至っているのか、そのあたりの事情は刹那に聞かないと分からないけれど、ひょんなことから同棲生活が始まっている現実を、グラハムはいい加減受け入れてしまったほうがいいのだろうか。
今だって、本当の本音は、彼をとても心配しているのだ。戦いを終わらせたいと、誰よりも強く願っている刹那が、武力を振るうことなく争いを鎮められるようにと、思っている。
グラハムのそういった心の中を、何故だか刹那は分かっているようだが、見透かされているのなら、いつまでも返事を引き延ばすのは、往生際が悪いような気がした。
ここで、テレビの画面が変わる。
グラハムはすぐに思考の渦から抜け出して、モニターを眺めた。報道キャスターがニュース速報を伝えている。
「先ほど入ったニュースです。日本時間の本日午後二時ごろ、旧人類革新連盟領地内であるセイロン島において、政府側と反政府を打ち出すタミル人勢力との間で、戦闘状態に入った模様、とのことです。繰り返しお伝え致します……」
急遽始まった報道番組は、緊張した面持ちでアナウンサーが状況を読み上げ、それに呼応する形で戦術予報士や軍事評論家がコメントを述べていく。まるで紛争の発生が分かっていたかのような対応の早さに、グラハムは少し苦笑する。
ここ最近はそういった世界情勢にまったく関心がなかったから、今の自分は本当に世の中から取り残されている状態なのだと、客観的に知った感じだった。
「気になるのは、ソレスタルビーイングの動き、でしょうか?」
「私は、彼らは現れると思います。戦争根絶がもともとの彼らの理念ですし、セイロン島の内紛には、五年前も介入していますからね」
戦術予報士が述べる見解に、それが正解だと答えられるのは、ソレスタルビーイング以外ではグラハムだけだろう。これから介入する本人に告げられたのだから、間違えるはずもない。
「刹那……」
戦えない今の自分は、こうしてテレビモニターからの報告を待つしかない。刹那を止めることも手助けすることもできない状態を、初めて辛いと思った。
連邦軍に復帰するという考えを思い浮かべ、すぐに首を振る。連邦ではガンダムと対峙するしかできない上に、今では後ろ盾になってくれるような人物もいない。グラハムは上司の命令に従うだけの軍人になるほかないのだ。
「連邦政府のために、世界統一のために……」
無理だ、と正直に思った。もともとは空への憧れから始まり、ガンダムが現れてからは戦うことがすべてになった。リセットしてやり直しなんかできない人生だから、どちらも失くした今は、理由もなく戦うことなどできなかった。
折れた剣を持つ、戦えない自分にできることとは、なんだろうか。
ふと、視界の片隅で動く影に気づき、グラハムは画面から目を放して、リビングルームを見渡してみた。影の正体は風で揺らめくレースのカーテンだ。残暑を感じさせる空気が、窓の外から流れてくる。まだまだ中途半端に整えられただけの室内。それでも確実に物は増えている。家の形が出来つつあるのだ。
「ここは……、刹那の家……、いや、刹那と……」
グラハムが暮らしていく家──。
戦えなくても、この場所くらいならば、今の自分にも守ることができるだろうか。
武力介入を果たしてミッションを終わらせた後、刹那はまたここへ戻ってくる。グラハムは、どんな顔で彼を出迎えればいいのか考えた。
おめでとう、よくやった、どれも違う気がする。お疲れ様、も何か変だ。何より表面だけを取り繕った言葉など、刹那が簡単に見破ると思えた。
「こちら現地です。タミル人勢力側がミサイルを発射して以来、現在は睨み合いの状態が続いております。双方に動きはありません」
セイロン島に出張している特派員からの現地リポートが入った。まだ刹那たちは現れていないらしい。グラハムも固唾を呑んで、テレビ画面の映像を見守ることにした。
「ですが、両陣営がモビルスーツの手配をしている、との報告もあります。確認してみたところ、ミサイルを運ぶ軍用車両なども基地から移動を始めておりました。全面交戦となる可能性があります……」
特派員の緊張したリポートが続く。
グラハムもかつては向こう側に所属する人間だった。こうして安全な家の中で紛争を見つめるだけの身分が、どこか不思議なくせに、同時にホッとしてもいる。
少し前までは、何をしたらいいのかも分からなかったのだ。自分が望まれていることは何かを考えたら、この家で刹那の帰りを待つことも、とても大事な役割であるように思えてきた。
「……どちらの陣営にもまだ動きはありま……、あっ、あれは、あの機体は……ガンダムです! ガンダムが、ソレスタルビーイングが現れました!」
興奮を露にした特派員の声が大きくなり、映像が標的を捉えようと目まぐるしく動く。
グラハムも思わずモニター画面に向けて、身を乗り出していた。
映像カメラが捉えた飛行物体は、確かにガンダムだ。でもあれは二個付きではなくて、懐かしい感じもする、グラハムが初めて目にした刹那の乗る機体だった。
作品名:MY SWEET HOME 作家名:ハルコ