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MY SWEET HOME

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「……刹那。君に一つだけ、尋ねたいことがあるんだ」
「なんだ?」
 抱きしめる腕を解いて、お互いが向き合う形になる。
「君たちは五年前にも、セイロン島へ武力介入を行っただろう?」
「ああ」
 AEUの軍事演習場に続く、二度目のミッションだった。刹那にとっては初めての、民族紛争への介入にも当たる。多くの戦いを繰り返したけれど、自分が神となるための戦いでもあったあのミッションは、この先も忘れることはない。
「そのセイロン島への武力介入の後、君はフラッグと出会わなかったか?」
「フラッグ……」
 刹那は、遠い記憶を引っ張り出すような表情をした。
 果たして彼は覚えているだろうか。グラハムの賭けとはそれだった。もし彼が覚えていたら、過去のことはもう一切咎めず、刹那と一緒にこの家に住む。覚えていなかったときは、その反対のことをする。
 ずるい考えだと、自分でも思う。けれど投げっぱなしだった人生を拾い上げてくれた刹那になら、すべてを預けて任せたとしても、それも運命だと言って、納得できると思えたのだ。
 刹那はまだ探るような表情を変えない。グラハムは少し眉を下げて、仕方ないという風に微笑んだ。
「覚えてないか。無理もないな、五年以上も前だし、わずかな時間……」
「待て。思い出した。……そうだ、あの後でユニオンの輸送船と出会って、フラッグが単独出撃してきたんだ。単機で向かってきたからいったい何者かと……」
 そこまで話して、刹那はハッとした。単独出撃に、こちらの攻撃を交わした手腕。仕留められると思ったのに逃がしてしまった、あのフラッグのパイロットは──。
「まさか……、アンタだったのか?」
 顔をあげた刹那の視線の先には、何かを達観したような、諦めとも降参とも慈愛とも取れるような、そんな不思議なほど穏やかな微笑をたたえる、グラハムの姿があった。
「フフッ」
 瞳を伏せて、グラハムは笑う。可笑しくてたまらないとでも言うように。
「いいだろう、刹那。私はここで君と暮らしていくよ」
 そう言って自ら、刹那の身体をギュッと抱きしめた。もういい、これで力に対する未練や、過去の様々な因縁すらも流してしまえる。グラハムは心からそう思った。
 世界のことを見て、世界のために動く刹那の記憶の中に、忘れられることなく残っているのだ。グラハムとフラッグで挑み続けた戦いというものが。
 生きてきた道が彼によって証明されるのなら、本当にこれ以上、力を求めて戦い続ける理由も意味もなかった。
「う、わっ、んっ、ん……」
 刹那の強い力で、強引に首が持っていかれ、なんだと思う間もなく、またしても彼に唇を奪われていた。若さなのか、それとも別の理由なのかは分からないが、予兆や雰囲気がまったくないところからでも始まるのが、素直にすごいと感心してしまう。
 息をつく間も与えてもらえないほど激しく吸い付かれ、酸素を求めて首を逸らしたところを、器用にまた唇が追いかけてくる。
 情熱的な行為に気持ちが高ぶり、グラハムも自分の腕を、刹那の背中に回していた。
「……う、ん…、ん?」
 ドン、と背中が壁に当たる。刹那の左手が肩を押さえ、右手がシャツのボタンにかかったところで、グラハムの意識が突如として、現実に立ち返った。
「ま、……んむ、……ま、待て、刹那!」
 渾身の力でもって顔を逸らし、いきり立つ若者の動きにもストップをかける。刹那の不満そうな顔に、グラハムは少々気圧されたが、瞳を逸らすことなくキッパリと言ってやった。
「待て、まずは食事が先だ! せっかくの料理が冷めるだろう!」
 廊下の奥を指差し、リビングルームへ続くドアを示した。刹那の視線が指先を追っている隙に、乱れたシャツを簡単に直しておく。
「……そうだな。アンタが作ってくれた料理だ。いただくとしよう」
 刹那は、案外あっさりと手を離してくれた。それにホッとしたのもほんのつかの間、続きで放たれた言葉は、可愛らしさとは程遠いものであった。
「アンタは時間を置いても、冷めることはないからな」
「なっ……!」
 いつでも食べられると暗に仄めかした男は、もはや少年とは呼べないほど、成長していたことを知る。
「……刹那、君は幾つになったんだ?」
「二十二だ」
「そうか……」
 もう立派な成人男性だ。自分も歳を取るはずだと、改めてガッカリする。
「アンタの年齢は?」
「三十二……、いや、そうか、今日で三十三だ」
 思わずポン、と手を打ってしまったのは、自分も忘れていたからだった。誕生日を祝ってほしかったけれど、けっきょく危惧したとおりの結果になったのだから、言わなくて正解だった。グラハムはそう思ったのだが、刹那は怒ったような表情をしてみせた。
「何故、早く言わない!」
「──えっ?」
「何も用意ができなかったじゃないか。……そうか、昨日言いかけてやめたのは、それだったんだな」
 怒ったような表情のまま、刹那は苛立ちを隠さない小さな溜息をつく。
「刹那……」
 まさかそう言ってもらえるとは思わなかったグラハムは、不意にもたらされた彼の優しさに驚き、胸が熱くなる。
「……君は本当に、私を悩ませるのが上手いな」
「違う、グラハム。それはアンタが特別だからだ」
 特別に好きだから、何かをしたいと思うのだ。それが誕生日なら尚更、きちんと祝ってやりたかった。それなのに彼は言わなかった。そのことに、刹那は歯がゆさを覚える。
「プレゼントは何がいい? 明日でもよければ用意する」
 刹那の言葉に、しかしグラハムは、どこか呆けたような顔で、首を横に振っていた。
「遠慮するな」
「違う、そうじゃない。……食事の後で一緒にコーヒーを飲んでくれないか? それだけでいい。豆ならもう買ってあるんだ」
「……アンタは」
 あまりにも質素な望みと願いに、刹那は「バカか」と声を荒げたいところだった。もっとなんでも、刹那を困らせるくらい大きな我侭を言えばいいのに、それをしない、あるいはできないグラハムが、とても悲しく思える。でも、それが彼の望むことなのだ。
「分かった。それに付き合う」
「ありがとう、刹那」
 そう言って、グラハムはまたふんわりと、笑った。その見慣れない笑顔に、刹那は反射的に瞳を逸らして顔も顰める。
「アンタ、それ、わざとやっているのか?」
「は? 何のことだ?」
 怪訝そうに眉を寄せる様子から、あれは無意識でもたらされているのだと分かる。刹那は、気分を落ち着かせるための深呼吸をした。
作品名:MY SWEET HOME 作家名:ハルコ