MY SWEET HOME
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大量に買い込んだ生活必需品をレンタルカーに載せて、二人は帰路に着く。自動車の運転はグラハムが担当した。理由は単純で、刹那が無免許だったからだ。
「ガンダムに乗っているのに、自動車の免許を持っていないとは……」
まさに呆れてしまうとはこのことだ。
「操縦くらいできるぞ。ガンダムより簡単だ」
「そういう問題じゃない。だいたい操縦ではなく、運転と言いたまえ」
まったく、とグラハムは額に手を当てた。
「無免許運転なんて断固として許さん」
「……アンタは真面目なんだな」
「ソレスタルビーイングがいい加減すぎるんだ!」
呆れる緩さに、軍で厳しく鍛えられた一面も持つグラハムは憤慨する。正義を唱える裏側には、徹底した自己管理というものがあるのだ。それをきっちりと行うことで、初めて己を恥じることなく敵と戦うことができる。逆に言えば、モラルの欠落した軍隊が、市民に尊敬されたり受け入れられたりすることはない、ということだった。
刹那は、そんなことを言ったグラハムを、助手席から瞬きもしないで見つめていた。
戦争根絶を掲げる私設武装組織の一員である刹那に、常識を説いてきた。ガンダムに乗って武力を振るい、人命も奪っているのに、彼は無免許運転を大真面目に咎めているのだ。
「アンタは……、面白いな」
「面白がるようなことじゃない!」
率直な感想に目くじらを立てるグラハムが、刹那にはどうしようもなく可笑しかった。だってそうだろう。それ以上の大罪を犯しているのに、一般常識がなってないと言って怒るのだから。
窓の方向を向きながら、フッ、と唇の端が自然と持ち上がっていく。
どうして彼を好きになったのか。その理由が今はっきりとわかった気がする。それと同時に、彼を好きになってよかったと思った。
寝室に、レースと厚手のカーテンが掛けられていく。これで明るさはだいぶ抑えられるはずだ。明るすぎて目が覚めたと、不平を唱えられることもないだろう。
「刹那。洗剤とかも必要だぞ」
食器棚を組み立て中のグラハムから、遠く声が聞こえてくる。その声に刹那がリビングルームへ顔を出すと、買ってきたばかりの食器を、キッチンのシンクで水洗いしているグラハムの姿があった。
「また買出しに行くか」
「そこに必要だと思うものを書き出してある。君も何かあったら追加していくといい」
グラハムが所持している手帳の一ページを破ったと思われる紙切れとペンが、床の上に転がっている。刹那はそれを手にとって、ざっと眺めた。
「まだ全然足りないんだな……」
家を持ち、そこで暮らしていくことが、こんなに大変だとは知らなかった。家族と家の両方を自らの手で失ってからというもの、ほとんど根無し草のように生きてきたのだ。今だって、刹那に家と呼べるようなものはなく、しいて言うなら母艦であるトレミーが、その役割を担っているだろうか。
「一遍に全部を揃えるのは無理だ。今は必要なくても、いずれそうなるものも出てくる。まだまだ増えるぞ」
皿洗いを済ませたグラハムは、シンクの脇に積み重なった食器を、買ってきたタオルで拭いていく。その手馴れた様子に、刹那はふと、尋ねてみたくなった。
「アンタの家族は?」
グラハムの手が一瞬だけピタリと止まり、すぐに食器を拭く作業に戻る。
「いない。生まれたときから独りだ」
「……そうか」
どういう理由で、そうなったのかは聞かないでおいた。恐らく本人も知らないはずだ。
「買出しに行ってくる。夕飯は俺が作る」
「……えっ?」
刹那の申し出に、グラハムの瞳が丸くなっている。その顔はなんだ、と文句を言いたいが、二十代前半の男が料理をすること自体は、確かに珍しいのだった。
「郷土料理だから、味の保証はしないが」
クルジスの家庭の味が、アメリカ人の口に合うのかどうかなんて、刹那は知らない。ある意味無責任とも言えるが、グラハムはビックリしたような顔をやめて、首を横に振っていた。
「いや、楽しみだよ。ありがとう」
台詞の後で、ふんわりと、本当にそんな感じにグラハムは笑ったのだ。そのときに見せた笑顔が、彼自身も意識して放ったものだったかは分からない。だが、初めて目にした柔らかい笑みに、刹那は不意を突かれる格好になった。
「──っ、……行ってくる」
グラハムからの返事も聞かずに、刹那はリビングの扉を開けて駆け出した。
「くそっ、なんだ、あの顔は」
あんな風に笑うこともできるのだ、彼は。敵対する者同士ということもあり、刹那はいつも険しい顔つきばかりを目にしてきた。だから思いがけずに触れた笑顔に、ドキリとしてしまったのだ。
乱暴にかかとを踏み潰して靴を履き、玄関扉を開ける。バタンと閉じた扉に寄りかかって俯いたまま、落ち着かない心臓を宥めるための時間を置く。
鼓動が正常に収まった後で、刹那は大きく息を吐き出した。
作品名:MY SWEET HOME 作家名:ハルコ