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MY SWEET HOME

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「あ……」
 何故だか慌てたように出て行った刹那に、グラハムはまたしても声をかけそびれていた。
 これで二度目だ。もっとも今回は刹那のほうに非があるだろうけど、それでも何も言えなかったことが、心にわだかまりとして残る。
 グラハムは家族というものをよく知らないが、「HOME」という言葉の意味自体は、分かっているつもりだった。
 その場所で暮らす者同士が力を合わせて助け合い、危機を乗り越え、幸せを分かち合う。それが孤児院などの施設で教わったことだ。
 刹那とここで暮らすことは、それらの教えを守っていくことでもあると、グラハムは考えていた。
「戻ってくるまでに、部屋を片付けるか」
 少なくとも、ここできちんと食事を取れるくらいには、体裁を整えておきたい。梱包材やダンボール箱を片付け、食器棚を運び、そこに洗い終えた食器をしまっていく。軽く掃除をしてから、新しく買ってきたラグを敷き、その上に、同じく買ってきたばかりのローテーブルを置いた。
「まぁ、何もないよりはマシ程度だが……」
 他のことはおいおい埋めていけばいいだろう。なにせ昨夜の夕食でもあるピザは、床の上に直接置いての食事だったのだ。いくら頓着しないとはいえ、家の中にテーブルの一つもないのは、あまりにも寂しい感じがした。
 でも、今日はここで食事が取れる。それも刹那が手料理をご馳走してくれるというのだから、グラハムはそこに「家」の形を見出して、知らず微笑んでいた。
「……よし!」
 刹那が戻るまでに、できるだけのことをやってしまおう。グラハムはリビングにカーテンを掛けたり、クッションを置いたり、調理器具を適当にしまっておいたりした。
 その最中に、買い物から刹那が戻ってきた。
「今、戻った……が、なんだか部屋を間違えたような感じだな」
 すっかり様変わりしたリビングルームを眺めて、刹那は少し呆気に取られる。これがあの、待機場所としてのみ使用していた部屋なのか、と。
「以前が何もなさすぎたのだよ」
 グラハムは、笑いながらレースのカーテンを引っ張り、外からの視界を遮断する。
「だいたい君は、ソレスタルビーイングの連絡等もここで受けていたのだろう? 少し無用心なんじゃないか?」
「こそこそするのは、余計に怪しいだろう。それに、あまり窓の近くには寄らなかった」
「ほう。君は意外と役者なんだな。アザディスタンでもそうだったが」
「……生き延びるためなら、なんだってするさ」
 使命を果たし終えるそのときまで、自分が死ぬわけにはいかないと、終戦を迎えた刹那は改めて強く思っている。地球上から争いがなくなって、皆が平和に暮らせるような、そんな世界を造り上げるまでは、人類の敵であってもいい。
 武力を持ちうる最後の一人として、刹那とガンダムは平和になった世界で滅べばいいのだ。
「刹那……」
 影が落ちていくグラハムの表情を見て、また失敗したと思った。出かける前に見せたような笑顔をいつでも浮かべてほしいのに、そうするためには、いったいどうしたらいいのだろうか。
「メモにあったものは買い揃えたはずだが」
 袋をグラハムに差し出しながら、刹那は話題を替えてみる。その試みは正しかったようで、グラハムは表情を明るくして近寄ってきた。
「それはありがたい。全部分かったか?」
「それをアンタに確認してもらいたい」
 メモ書きどおりの品物を刹那が買ってこられたかどうか、実は本人も少し自信がないのだ。
「了解した」
 袋をガサガサ言わせて、グラハムは中身の確認をしている。刹那はその音を聞きながら、キッチンへと移動した。買い込んだ食材をシンク脇に並べていると、確認を終えたグラハムの声がかかった。
「問題ないよ、刹那」
「そうか」
 あまり表情には出なかったけれど、刹那はホッとして口元を緩めていた。さすがに、お遣いもできないようでは恥ずかしい。安心した刹那が見せた、その控えめな笑顔を、グラハムは見逃さなかった。
 刹那の笑顔なんて、たぶん初めて見る。無表情が多い彼らしい、ちゃんと正面を向いていなければ気づかないほどの、それは微笑だった。
 でもグラハムには、はっきりと分かったのだ。
 なんだ、ちゃんと笑えるんじゃないか、と安堵する。いつも遠いところばかりを見ている刹那は、いったいどんなときに笑うのか謎だった。
 それこそ戦争根絶を成し遂げるまで、微塵も笑わないのではないかと思っていたくらいだ。だから買い物を終わらせて、ホッとしたような笑みを浮かべた刹那のことが、急に可愛く思えてきた。
「私も手伝おうか?」
 前よりはいくらか気安い感じで声をかける。一人で全部を任されるのは大変だろう。助け合うことが基本と教えられているグラハムは、そう思ったのだ。
「いい。座って待ってろ」
 ところが、刹那はつれないことを言った。
「だが、一人では大変じゃないか? 手を貸すくらいはできるぞ?」
 なおもグラハムが食い下がると、刹那は少し苛立ったように眉間の皺を深くした。
「いいから待っていろ。……簡単な料理だから、一人でも大丈夫なんだ」
 冷たくあしらった後で、刹那はフォローのための言葉も忘れない。グラハムは好意で言ってくれているのだ。いらないと言うだけでは、彼の機嫌を損ねてしまう。
「……そうか。なら、待っているとしよう」
 ちょっぴり残念そうに肩を竦めてから、グラハムはリビングルームへと引き返していく。なんだか寂しそうな背中に、刹那の心の中がグラグラと揺らいだ。
 間違ってはいないはずなのに、不安が押し寄せてくる。刹那が何より怖いと思うのは、グラハムがここから出て行くことなのだ。愛想をつかされたり、意見の食い違いで喧嘩したり、といったことは全力で避けたい。
 恐らく、短い人生の中でも今が一番、臆病になっている。それもこれも、ただ一つの思いからくるもので、とても苦しくて辛いけれど、刹那はそれを壊したいとは決して思わなかった。
作品名:MY SWEET HOME 作家名:ハルコ