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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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01/Tio estas farebla.

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 ただ、自分のすべてを懸けた結果が、これなのかと。

 浅ましい己れを、力の許すかぎり、嘲笑いたかった。





「……ッド……?」



 耳につく、ざあざあと言う雨の音。

 それだけを残して、すべての音が遠くなった。


 仰天したようなグレミオの叫び声が、それに答えて駆け寄るクレオとパーンの騒々しい足音が、すべてを拒絶しようとする鼓膜を揺さぶる。


 抱き起こした手にぐったりとかかる、彼の体重に、自分のすべてが、冷えていくのを、感じた。




kara geamiko / 02.

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「どういうことだ……」


 クレオの声が、固い。


 テッドの全身に刻まれた、けして浅くない傷。


 それが、剣でも槍でもなく、紋章の魔法によるものだとは。

 それの、意味するところは。


 寝台に寝かされたテッドの枕元に椅子を引き寄せ、ルイシャンは眠る彼の額にかかった髪を除けた。

 あらわになった額にも、頬にも。掠ったような赤い痕が残り、湿った前髪は、いくらかざんばらになったようですら、ある。


 誰が、何の目的で、テッドを。


 クレオは強盗の仕業という可能性を示唆したが、それがほぼ有り得ないことは、分かっている。

 テッドがテオに連れられてきてから、すでに2年。彼が大将軍テオ・マクドールの庇護を受ける存在であることは、そこそこに知られていることだ。

 そんな少年に手を出すほど無謀な輩が、いかに後ろ暗い者たちであっても、否、そうであるからこそ、そんな迂闊な者がこの帝都グレッグミンスターに居ようとは、思われない。


 それでなくとも、短くない時間を独りで生き延びてきたというテッドが、強盗ごときにここまで酷い傷を負うはずもなく、ましてや、城から直接帰ってきたのなら、いかに闇に閉ざされた道であったとしても……



「……う……ぅ……」



 かぼそく、けれど確かに聴こえた声に、ルイシャンは手を離した。

 彼と、部屋にいる全ての人間の視線を集めた先で、血の気の失せた瞼が、痙攣するように震える。



「…ル、……イ……?」



 ひとつ、瞬いて、息を吐く。

 それから、もう一度、湿った前髪を、静かに梳いてやった。



「ああ」



 開かれた、力のない眼差しが、ルイシャンを捉えて、細められる。

 目だけで笑い、テッドは、口唇を噛み締めた。



「テッドくん!! 大丈夫ですか? い、一体何が……」



 それを見咎めたルイシャンが口を開くより先に、狼狽しきった世話役が、彼の肩越しに、身を乗り出す。



「グレミオさん……あいつらは……近衛隊、は……まだ、来てないみたい、ですね……」



 呟くように、洩れた言葉。

 ふ、と、テッドの薄茶の瞳に、力が戻る。



「……近衛隊……? おい、テッド、どういうことだ!?」

「ちょっと、パーン!」



 激昂したような、食客の男と、それをたしなめる、声。

 それらを、まるで舞台の外のように締め出して、テッドと、ルイシャンの視線が、絡められた。


 遠雷のような憤りと、嵐のような葛藤と、すべてを、ざあざあと音を立てて降り続く雨の向こうに隠したような、薄茶の瞳が。



「……  ……」



 ふっと、開きかけた口唇と、薄い瞼が、力を失ったように、前触れもなく、閉ざされる。



「テッド?」

「気を……失ったみたいですね。熱が出ているようですし……」

「……そう、か」



 額を撫でた指に触れる肌が、確かに熱い。


 薬を、と、世話役の青年に命じようとして、振り返った視線の先に、固い顔をした、食客の男の顔。



「……パーン」

「坊ちゃん……近衛隊に、知らせたほうが良くはありませんか?」



 むっつりと、押し出された言葉に、過剰に反応したのは、親友を侮辱されたも同然のルイシャンではなく、その世話役のほうで。



「何てことを! テッドくんが、兵隊に追われるようなことをしたとでも言うんですか!?」

「どういうことだか、分かったものじゃないだろう。テオさまのお留守に、滅多なことがあっては困る」

「だからと言って!」



 悲鳴のような声を上げた世話役の青年に、ルイシャンはひとつ、ため息をつく。

 パーンへの批難をを顔全体で表したグレミオと、表情を崩さないパーンを眺めやり、それからまた、眠るテッドに視線を戻した。



「グレミオ、黙れ。テッドが起きる」

「ぼ、坊ちゃん!? でも……っ」

「パーン。それはテッドが目を覚まして、事情を訊いてからでも遅くはないだろう」



 ―――必要、ないとは思うが。



 ふっと、閉ざされた瞼の奥の、瞳を見透かすように、凝視して。

 呟いた言葉は、思惑通り、この部屋に立ち尽くす誰にも聞こえなかったようで、世話役の青年が、また批難がましい叫び声を上げた。



「……わかりました。坊ちゃんがそう、おっしゃるなら」



 普段からは想像もつかないような、静かな足音と共に、彼が部屋の外へと行くのを、黙ったままで、送って。

 ルイシャンは、やおら、テッドの枕元に残った世話役の青年と、もう一人、彼らの言い合いをただ黙って聞いていた女戦士を、見上げる。



「グレミオ、クレオ」

「あ、はい!? 何ですか、坊ちゃん??」

「はい」

「悪いが、しばらく出ていてくれるか」

「ぼぼぼぼ、坊ちゃん!? どうしてですか?」

「……お前が騒ぐと、テッドが起きるだろう」

「で、でででででですが……」

「出ていろ。クレオ、グレミオを連れて行け」

「はい」

「く、クレオさん! 離してくださ……」

「いい加減にしろ、グレミオ。坊ちゃんがああおっしゃってるんだ」

「わ、わかりましたから……坊ちゃん、何かあったらすぐに呼んでくださいね!?」

「さっさと行け」

「坊ちゃあああぁぁぁぁん……」



 ぱたんと、扉が閉められ、物言いたげなクレオの視線と、情けないグレミオの声を、部屋から追い出す。


 その気配がじゅうぶんに遠ざかるのを待ってから、バンダナを外し、無造作に髪をかき回しながら、ルイシャンは。

 不機嫌極まりない声を、投げつけた。



「これでいいだろう。さっさと起きろ、テッド」


作品名:01/Tio estas farebla. 作家名:物体もじ。