01/Tio estas farebla.
今まで、あまり人に身を晒すことをしてこなかったせいか、それとも、将軍家の子息としては粗末な格好が効いたものか、可笑しいくらい、自分の姿は人々には知られておらず。
取り合えずと、潜伏場所であるマリーの宿に併設された酒場をうろついてみても、誰も見咎めるものはいなかった。
それをいいことにざっと集めた情報からすれば、近衛隊も、どうやら2種類に分かれるらしく。
ウィンディに諂うことによって何がしかの見返りをもらおうとする、クレイズのような者たちと、いくら近衛という立場にあろうとも、いや、だからこそか……今のような帝国、むしろウィンディになど付き従う義理はないという者と。
さすがに黄金皇帝とまで呼ばれたバルバロッサの側近く仕えてきた者が多い近衛隊だけあって、後者もけして少なくはないようだった。
ならば……何とか、なるかもしれないと。
考えて、自分を、嘲笑った。
Kion vi deziras? / 02
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「あのテオ将軍の息子が、まさか」
そんな言葉を、近衛隊の兵が漏らすのを、聞いた。
どういう理由でかは知らないが、このテッドから預かった紋章……「ソウルイーター」を、本当にウィンディは欲しているらしく、夜を徹して行われただろう捜索。
それに加わっていた兵が、ちょうど酒場で休んでいたのだ。
彼らも、まさかその当の捜索対象がのこのことこんなところにいるとは思いもしなかったろうが。
鳶色の外套を羽織り、漆黒の髪をさらしたルイシャンは、ぱっと見にはごく普通の子どもにしか見えず、昼間から酒場をうろついているということで珍しくはあろうが、さほど目立つものでもない。
先の謁見やら、何がしかの行事の折にでも、彼を見かけたことがある兵が皆無とも思えないが、差し当たり、危険も面倒も、起こりそうになかった。
とは言え、いつまでもこんなところに潜伏しているわけにもいかないのもまた、事実で。
今はどうだか知らないが、姿絵でも配られようものなら一層行動が制限されることは疑いない。
そうなる前に、何とか。ここを……帝都を、脱出するべき、なのだろうが。
ひとつ、息をつくと、それまで気遣わしそうにちらちらとこちらを見遣っていたマリーが、果実水の入ったグラスを差し出してくれた。
「坊ちゃん……あんまり、動かないほうがいいんじゃ?」
付き人たちと、同じ言葉。
ただ、ひたすら心配そうなマリーには、さすがに反発する気も起きず、礼を言ってグラスを受け取りながら、首をかしげて見せる。
「……いつまでもここの世話になってるわけにも、いかないから」
「けど、坊ちゃんたちが兵隊に追われるなんて、何かの誤解かなんかなんだろう? すぐに、お父さんが何とかしてくださるよ」
ふっと、顔を上げて。
ふくよかな、マリーの顔を、見上げる。
そうして、にこりと、笑った。
「……そうだね。ありがとう」
とん、と空になったグラスを置き、マリーから離れる。
彼女はまだ、心配そうに見ていたが、さすがに、誰に聞きとがめられないとも、限らない。
それに。
「……テッド」
兵たちが話題にするのは、「テオの息子」の「反逆」ばかり。
そこにもう1人、関わった……いや、むしろ騒動の中心にいた少年のことは、不思議なくらい、そこに上がらない。
いくらすでに紋章の持ち主が移ったとしても、それだけで見逃すような女ではないだろうし、紋章がなくても、彼は、「使える」。
そこから弾き出される答えはただひとつ、テッドはすでに捕まったということ。
ならば、自分はただうかうかと隠れ、逃げ出すわけには、いかない。
「……何が何でも、か。利用できるものなら、してみるのも手、だな」
す、と、視線を流す先は、酒を目の前にして、一晩の疲れを癒しているらしき、近衛兵。
バルバロッサの威光と、ウィンディへの反発と、テオの名と。
どう、使える?
どう、使う?
一番の問題は、自分たちの処遇に、どれほど皇帝が関わっているか。
もし、ウィンディの動きを皇帝がすべて黙認しているのだとしたら、今考えていることの成功率など、限りなく零に近くなる。
だが、仮にも黄金皇帝とまで呼ばれた男が、そこまで愚かなものだろうか?
将軍家の……それも、帝国随一として知られる将軍の息子を、公然と手配するほどに?
それとも……父、テオを、「信頼」してのこと、であろうか。
「どちらでもいいか。どのみち今はいない、なら同じこと……」
冷える、自分のすべて。
出来ないとは、思わない。
やりたくないとも、思えない。
ならば、やってやろうと。
「……お前のせいだ。覚えていろ、テッド。俺に、こんなことをさせるんだ」
鳶色の外套を翻し、潜伏場所たる屋根裏へと、身を返す。
ほっとしたようなマリーの視線を感じて、ふと、すまなく思った。
これから自分がやろうとしていることが失敗したならば、恐らく、彼女にも累は及んでいまうだろうから。
それでも、やると、自分が決めてしまったのだから。
とん、と、軽い音をさせて戻ってきた自分に、付き人二人が、マリーよりもあからさまに、安堵した様子で寄ってくる。
「ぼ、坊ちゃああああん……心配しましたよ、いつまで経っても戻っていらっしゃらないから……」
「外はまだ、兵がうろついているようでしたか?」
抑えた声とは言え、口々に何かまくしたてるのを適当に流し、真っ直ぐに、目当てのものに、近づく。
「坊ちゃん?」
く、と握れば、おとなしくこの手に収まる、漆黒の棍。
使い込まれた鈍い色を放つそれに、ひとつだけ笑いかけて、ルイシャンは振り返った。
「グレミオ、クレオ。お前たちはここにいろ。何があっても出るな」
「坊ちゃんっ!? 何を」
「ああ、もし、騒ぎでも起こったら、隙を見てここから脱出しろ」
「何か、あったんですか!?」
「何も? 強いて言うなら、これから起こすんだ」
「ぼ、ぼぼぼぼぼぼ坊ちゃんっ!? 何をおっしゃっているんですか!!?」
「いいか、動くなよ」
今度は、最初から、クレオだけに視線を向けて、言い放つ。
自分の言葉を忠実に守るとは思わないが、今、一時のみでも、留められればかまわないから。
琥珀の双眸を強気な意志と、まるで、何か……面白いものを見つけた猫のような光で煌めかせながら、ふっと。
ルイシャンは、口唇を持ち上げた。
「命令だ」
作品名:01/Tio estas farebla. 作家名:物体もじ。