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物体もじ。
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幻想水滸伝ダーク系20題

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06 / 約束



 ひらり、鮮やかな色が、空を渡る。

 ほんの一瞬、石畳に小さな影を落としたそれは、伸ばした指に絡めとられ、きり、とあるべき場所に結ばれて。

 余りをゆるやかに背に遊ばせ、半ば以上をその目を引く色に隠した黒髪が、涼やかに額を縁取った。



「っしゃ、行くか?」



 それを見届け、半歩先で振り返る相棒が、くしゃりと顔全体を使って笑う。

 抜けるような青い空を背景に、金とも見紛うほどに明るい茶色の髪が奔放に跳ね、同じ色をした瞳がいたずらに少年を誘う。



「今日は、どうする?」



 陽の光を存分に味わうように身体を伸ばしながら問いを向ければ、しばし考えるそぶりはするものの、ほとんど迷うこともなく、テッド は指を立てて提案した。



「釣りはどうだ? 言い訳っつーかごまかしとは言え、土産持って帰るってグレミオさんに言っちまったしな」

「……道具なんて持ってきてないぞ」

「ばーか。作りゃいいだろ、そんなもん」



 釣竿に向いた若竹の生えている場所くらい先刻承知、と得意げな親友を見遣り、ルイシャンは呆れたような溜め息をひとつ。

 ついでにそれを全身で表明してやろうとふるふると頭を振れば、それにつられた双色の布が、一緒にくるりと宙を踊る。



「阿呆。釣竿と糸くらいは何とかなっても、持って帰る器がなきゃ、意味ないだろうが。それとも、その場で木でも切り倒して作るつもり か?」



 俺はごめんだ、と台詞と一緒に、立ち止まってしまった相棒を追い越しざまに、流し目。



「あ」

「本当にどうしようもないな、この間抜けは。……仕方ない」

「どうすんだよ?」

「どうもこうも。途中で買っていけばいいだけの話だろう? ついでにいい釣り糸がないかも見てこよう」



 くい、と手首で誘えば、途端に満面の笑みを浮かべた親友が、小走りに隣へと並ぶ。

 頭の後ろで手を組み、口笛でも吹きたそうな顔をしながら足取り軽く店へと向かいながら、



「いや〜、さすが将軍家のご子息。自給自足を旨とする俺には考えもつかない選択肢だったよ」



 他人が言ったなら即座にその口を永遠に塞いでやるだろう地雷を、あっさりと踏んできた。

 すぐ脇にあるその顔を眺めながら、それでもルイシャンがその通りに実行することは、ほとんどない。



「俺に喧嘩を売る気ならすぐに死ね」



 ……とは言え。

 ほとんどない、というのは、まったくない、というのとは違うのであって、たまには、実行する気分にもなるわけだが。

 くるりとその場で踊るように、後ろからの足払いを実にさりげなく仕掛けるが、そういう危険人物と四六時中付き合っているのがこのテ ッドという少年の密かな自慢なのである。



「よっ」



 ひょい、と狙われた片足だけを的確にあげてそれをかわす。普通ならそれだけで目標を失った相手はバランスを崩し、あとは止めを刺す なりなんなりお好きなように、というところなのだが、



「甘い」



 後ろ回し蹴りのように放たれた足払いすら、まるで勢いをつけるための予備動作であったかのように、自然な動きでそれについてきた肘 が、見事に腰に打ち込まれる。



「うげ」

「ふむ」



 身体を海老のように仰け反らせて呻くテッドと対照的に、その声を上げさせたルイシャンは涼しげ、かつ満足そうに、頷いた。

 それからにっこりと典雅な笑みを浮かべ、うずくまって苦痛に耐えるテッドをまるで労わるような仕草で覗き込む。



「大丈夫か? テッド。痛そうだな」

「……痛そうっつか、痛ぇんだよ……」

「それは可哀想に」

「加害者の言う台詞かよ?」

「それは仕方ない。お前はそういう運命だから」

「こンの、馬鹿ルイ!」



 もちろんそう強く入れたわけでもないから、テッドはすぐに復活してルイシャンにかみつき、少年はそれをあしらいながら、ゆっくりと 目的の店を目指す。

 よく晴れた日に、朝から夕方まで、たっぷりの自由時間。

 滅多にないこの日に、つまりはふたりとも、常にないほどに浮かれているのだ。



「そーいやさ。ついでだし、釣竿も買ってこうとかは考えないわけか? お坊ちゃん」



 釣り糸に、成果を入れる器に、餌は現地で調達するからいいとして、と、店で買うべきものを上げつつ、ふとテッドは疑問に思う。

 それはもちろん、自分でも言ったように、そこらの材料で釣竿を作ることなどいとも簡単だが、どうせなら、その道の職人が作った品の ほうが出来がいいだろうに、と思うのだが。

 その返答と言えば、まずは冷たい一瞥に、次いで同じような温度の低い声。



「作ればいいだろ、釣竿くらい。自分で言っていたくせに、もう忘れたのか?」

「いや、確かに言ったけどよ。買ってったほうが、長いこと釣りに集中できるだろ」



 楽しみと同時に、グレミオの機嫌を取るための献上品、成果は出来るだけ多いほうがよく、すなわち出来るだけ長い時間釣り糸を垂れる に越したことはないはず。

 そう思っての提案なのだが、何故だが微妙に傾いた少年の機嫌は、戻らない。



「いい。どうせ、時間はあるんだ。作るのも一興だろう」



 それきり、ふいと正面を向いて、ルイシャンはいきなり歩調を速めた。



「え、おい、ルイ!」



 慌てて追いすがろうにも、手が届くその一歩手前で、さらに足を速めるルイシャンに、その度に空を掴まされて。



「待てって! ……この……っ!!」



 気がつけば、全力で走っていた。

 向こうが速度を上げるなら、こちらもそれに負けないくらい、否、追い越すつもりで地を蹴って、ひらひらと自分を誘う双色のしっぽを 逃さじと、すがる腕を、必死に振って。

 青い空の下、石畳に伸びる影が、まるでひとつに繋がるみたいに、邸から町中へと、足音と一緒に駆けていく。



「ルイシャン!」



 たん、と少年が手をついた、終着点は目的の店。

 荒い息を継ぐ、上気した頬が、運動の余韻か、それとも理由も知れぬ怒りの名残か、内から光るような輝きを連れて、振り返る。



「時間があるんだぞ、「今日」は」



 少しは乱れても良さそうなものなのに、上下する肩を無視したように、紡がれる声が、ゆるぎない。

 明らかな意思を持ってつけられた抑揚に、ゆるゆると目を見張ったテッドを見据え、不機嫌な中に、ついと口角が吊り上がる。



「そうだろう?」



 勝気に左手を腰に当て、右の拳をぐっと突き出すその仕草は、それに自分が応えないなど、かけらも考えないほど、無造作で。



「そいや、そーだな。「今日」は1日、のんびり過ごす約束だったっけ」



 とん、といつもより強く、拳を打ち合わせて、テッドも笑う。

 琥珀の瞳に浮かぶのと、きっとそっくりな表情を自分はしているだろう、と思い、そのことに今までよりもっと、ずっと浮かれた気持ち を抱きながら。



「お前は、約束を果たしたからな。俺だって、そうするさ」



 だから、「今日」は、青い空に鮮やかに双色をはためかせて。

 1日、過ごそう。