本望にて
宿営地にもどってきた統領は、ライネイスの部族と平和協定を結んだことを皆に知らせた。
今後は全面的にライネイスの部族に協力するとも言った。
トーヤは納得できなかった。
けれども、父は皆に知らせたあと、部族の有力者たちと会議するために天幕のひとつに入ってしまった。
だから、トーヤは父が天幕から出てくるのを外で待ちかまえていたのである。
「父様はいつも言ってたはず。我らは強い、我らは我らであることに誇りを持ち、その誇りを大切にしなきゃいけないって。他の部族の支配下に入るってことは、その誇りを失うってことじゃないの」
「トーヤ」
「ライネイスに従えって言われたの? 彼らが最強だから仕方ないの? でも、そんなの、戦ってみないとわからないじゃない。なんで、戦いもしないで、負けを認めるようなことをするの!?」
「トーヤ、そうじゃない」
娘が感情的になり頬を紅潮させているのに対し、父は落ち着いた態度でいる。
「我らはライネイスに膝を屈したわけではない。協力するんだ」
「協力!? 宿営地を重ならないようにするとか、普通の協力だったら、昔からしているわ。これ以上なにを協力するって言うの」
これまでも他の部族に対してと同じような協力はしてきた。
今あえて協定を結んだのは、これまで以上のことをするということだ。
きな臭い。
自分たちはライネイスにどんな協力をするのか。どんな協力をさせられるのか。なにを要求されるのか。
「トーヤ」
口を引き結んでいる娘に、父は冷静に言う。
「おまえも知っているだろうが、我ら騎馬の民族は強いが、他の国の者たちと比べると数が少ない。そのせいで見下されたりもするし、奴隷にされることもある」
父の言葉を聞きながら、トーヤは頭にのぼっていた血が引いていくのを感じた。
もちろん、トーヤも知っている。
トーヤたちのような遊牧の民が振帝国などの他の国の者たちからどのような扱いをされるのか、大人たちの話を聞いて知っていた。
他の部族ではあるが個々は強くても人数で圧倒的に負けてしまって奴隷にされた話も聞いたことがある。
女は娼婦に、男は兵士にされるのだという。
騎馬民族は強いので兵士として重宝され、有能であれば待遇は良いとも聞く。
とはいえ、それは奴隷を財産と見なしているからであるらしい。
つまり、どれほど好待遇であろうが、しょせん、人ではなく物だと見られているのだ。
「ライネイスの部族には元は奴隷であった者が多くいるようだ」
それについてもトーヤは聞いたことがあった。
ライネイスの部族にはそこで生まれた者や嫁いできた者だけではなく、他の部族で生まれたが他国の奴隷にされ、だが、そこから逃げたものの元の部族にはもどれなかった者もいるそうだ。
それどころか、ライネイスも奴隷だった時期があるという噂もある。