本望にて
「振帝国は腐敗が進み、一部の者が贅沢三昧をして、それ以外の者たちは苦しい生活を強いられている。国庫は傾き、それをほんの少しでも埋め合わせするために、我らに高い税金を支払わせたり、我らを奴隷にするために狩ったりする」
トーヤたちは宿営地を変えるといっても騎馬民族自治区の中でのことであり、振帝国とは関係がないはずなのだが、振帝国は騎馬民族自治区も自分たちの領土だと主張し、税金を求めてくる。しかも、その税金はどんどん高くなっている。
遊牧民は肉などを売って、振帝国から農作物などを購入している。
だから、つながりを断ち切ることができないのだ。
「それに脅威は振帝国だけではない」
騎馬民族自治区は月の大壁と呼ばれる山脈のふもとにある。
その山脈を境に気候が変わり、反対側は砂と砂漠の地が広がり、そこをロマル王朝が治めている。
また、東大陸を離れれば、西大陸にはトライガルド帝国、北大陸にはガルガディア帝国がある。
トライガルドもガルガディアも大国である。
そして、東大陸に住む者を、蛮族、と呼んでいるらしい。
「ライネイスは戦うと言う。戦わなければ、このままでいれば、やがて我らは滅びる、滅びなくても服従を強いられるだろうと言う」
トーヤの父であり部族の統領は厳しい表情で話す。
「それを聞いて、そのとおりだと思った。戦うときが来たのだと思った」
その眼差しがいっそう鋭くなる。
「我らは、今、戦わなければならないのだ。我らの誇りのために」
トーヤは黙っていた。
父の言葉に胸を打たれた。
言葉が出てこない。
しばらくして、父の表情がふっとゆるんだ。
「……おまえもそのうちライネイスに会うだろう」
眼差しが娘に向ける優しいものに変化している。
「会えば、おまえもわかるだろう」
父は娘のまだ小さな頭に大きな手のひらをポンと置いた。
「あれは年若いが、賭けてみたいと思わせる男だ」
さらに。
「成し遂げる者だ」
そう力強く断言した。
父は歩きだす。
だから、まだ会ったことのないライネイスの姿を想像しつつ、トーヤも歩きだした。