本望にて
もっとも、この軍にいるのは騎馬民族ばかりではない。
騎馬民族以外でも、ともに戦うと宣言してここにいる者もいる。
中には、振帝国で高い地位に就いていた者もいる。
その元高官の名は、ジゲン。
かなり頭が良いらしい。
振帝国の名のもとにではなく、彼が個人的に動かせる部隊もあるようだ。
実際、ジゲンが振帝国を離れてライネイスを訪ねた際には兵士集団を引き連れていた。
ジゲンが高官の地位を捨てて振帝国と決別し、野蛮な騎馬民族の軍に加わったのは、なぜか。
それだけ振帝国の腐敗が進んでいるということらしい。
嫌気がさした。
そうジゲンはライネイスに言ったそうだ。
ライネイスはジゲンを受け入れ、自軍の参謀として用いることにした。
いきなりの大抜擢である。
信用してもいいのかとの声がまわりからあがったが、それに対し、ライネイスは我を信じるなら我を選んだものも信じよと返した。
ライネイスがいよいよ軍を率いて振帝国と戦うと決めたのは、騎馬民族自治区に暮らす部族すべてがライネイスに協力すると誓ったこと、そして、振帝国の高官までもがこちら側についた、それだけ振帝国は腐ってしまったということから、機は熟したと判断したのだろう。
それに、国庫のかたむいた振帝国からの要求は増すばかりだった。
心を決めたライネイスは振帝国に宣言した。
もはや従わぬ、と。
それはトーヤたち騎馬の民すべての想いだった。
夜になり、あたりの空気はいっそう冷たくなった。
頭上には黒々とした闇を背景に数えきれないぐらいの星のきらめく空が広がっている。
星が降ってくるようだ。
それを見あげている者がいた。
肩を越す長い髪は結われずに背中へと流れている。
着ているものは、きものに羽織。その袖が夜風にはためいている。
ジゲンである。
天幕がいくつも張られている場所からは少し離れ、ひとり、草原に立っている。
ふと、背後に人の気配を感じたらしく、振り返った。
しかし、気づくのが遅かった。
近くまで忍び寄っていたスレンは、ジゲンの喉元に剣をつきつける。
「裏切り者」
冷ややかな声でジゲンをそう呼んだ。
だが、ジゲンは動じない。
落ち着いた様子で、ただ、なにかを探るように眼を細めた。
その視線をスレンは堅い眼差しで受け止め、見返す。
「俺がだれか、わかるか」
そうジゲンに問うた。
ジゲンは黙ってスレンの顔をじっと見ている。
だから、スレンは言う。
「やはり、わからないか」
剣をジゲンにつきつけたまま軽く笑った。乾いた笑みだった。
けれども。
「あいにくと物覚えはいいほうでね」
ジゲンはニヤリと笑った。
「おまえさんが幼い頃に何度か会ったね。大きくなっても幼い頃の面差しは残っている。それに、大きくなって、似てきたようだ。おまえさんの父親に」
父親。
その言葉を聞いて、今度はスレンが眼を細めた。
本当にわかっているのだろか。