犬神
帝人はそれから村へと降り、村人から毛皮を受け取ると獣が待つ森の入口へと向かった。
「「すまない・・・」」
「気にしないでください。これも一応僕の仕事のうちですから」
「「そうか・・・」」
獣はふっと息を吐くと、帝人が持ってきた毛皮に自分の鼻先をつける。
すると、その毛皮は一瞬にして光の粒子となり、天へと舞い上がった。
「「これで母も成仏できる・・・」」
「・・・よかったですね」
「「あぁ。だが、もうこれで俺には居場所がなくなったな」」
そうさびしそうに呟く獣に、帝人は胸がつっかえる思いをした。
どこか、昔の幼い自分を思い起こさせる。
「どこにも行くところがありませんか?」
頭の中ではいけない、と警報が鳴るのに、帝人の口からは言葉がこぼれる。
獣は帝人の言葉にこくりとうなずいた。
「「ないな。あの村はもう俺を受け入れないだろうし、この森にも・・・」」
獣は己の怒りで振りまいた瘴気によって枯れ果てた森を悲しそうに見渡す。
帝人は生唾を飲み込むと、それなら、と囁いた。
「それなら、僕と一緒に来ませんか?」
獣の瞳が見開かれ、帝人を見すめた。ありえない、と獣が答える。
「「俺は犬神だぞ?妖怪だ。そんな俺をそばにおけるわけがないだろ」」
「置けますよ!できるんです!・・・えっと、式神として一緒にいてくれるなら!」
「式神?」
獣にとっては聞きなれない言葉なのだろう。帝人は懐から一枚の紙を取り出した。
何も書かれていないただの紙。その紙を獣の前に差し出す。
「この紙に、あなたの血であなたの名前を書きます。
そうすれば、あなたは式神として僕と共にいられるようになるんです」
「「・・・俺でいいのか?俺は、一度お前を喰おうとしたんだぞ?」」
不安そうに見つめてくる獣に、帝人はほほ笑みをこぼした。
「僕は、あなたがいい。あなたに式神になってほしいんです」
「それに、俺に名前など・・・」
「よければ・・・僕が名付け親になります!ぼ、僕でよければですけど」
獣は瞳を潤ませたかと思うと、その瞳を閉じて帝人に頭を下げた。
「「どうか、お前と共に・・・」」
帝人は喜んで、と笑うと獣の額をそっと撫でた。