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かなや@金谷
かなや@金谷
novelistID. 2154
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Calvados

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「それはよかったよ」
 よく見れば今手にしているマグカップも、三國が手にしているマグカップも色違いの同じ物だった。それは偶然かも知れないし、揃えた物なのかもしれないが、マグの絵柄のチープさが、なんだか三國とは異質な物に感じるのだ。その代わり、どこか自分には馴染むものなのだと公麿は思う。
「三國さんも同じのですか?」
 公麿の視線に気付いた三國へ、マグのことを誤魔化すように問えば、彼は少し微笑んでミルクのように柔らかい声で答えた。
「こっちは大人用だよ」
 その言葉でアルコールが入っているのだろうと理解した。確かに、この甘い飲み物は三國は不釣り合いだ。温くなってきたそれを一気に飲み干すと、解れた緊張が睡魔を引き寄せていく。
「おやすみ」
 そう囁く低い声に誘われ暗い闇の世界へと瞳を閉じた。


「眠ったのかい?」
 ベッドサイドに腰を掛けると、不快眠りについてしまったのか隣の公麿からはなんの反応もなかった。
 彼の手前三國は努めて冷静に振る舞ったが、初めはこの影響に戸惑っていた。今まで起きた影響については、それなりに対応は出来たが、これは対処のしようのない問題だ。だからと言って、彼を放置していくわけにも行かずああして迎えに言ってしまったのだ。
 少しだけ自分が驚いたように、公麿がどのような態度を取るのかを見たかったということもある。
 なによりも、アントレとして記憶が塗り替えられてない自分達にとっては、『恋人同士』という部分はただの情報でしかない。それをデータとして受け取ったが、気持ちが伴っていないそれは無意味なのだ。なのに、三國に迷惑掛けたくないと思ったのか、別れようと切り出してきた公麿の行動はおかしくてしかたがなかった。同時に、この感情の伴わない情報としてだけの関係をどう捉えているのか、それを見てみたかったのだ側で…………
 隣で眠る男の姿は、未だ幼さの残る無防備な寝顔を晒している。長い前髪をさっと掻き上げると、くすぐったそうに身体を丸めている。まるで猫のように眠る少年の身体に三國はゆくりと覆い被さった。
「情報でしかないというのに、受け入れてしまいそうだよ」
 柔らかな頬にそっと己の唇を合わせると、小さな寝言を発し公麿は身体を更に丸めている。
 自分の中の記憶が塗り替えられようとしているのか、それとも新たに感情が沸き上がっているだけなのか、判断のつかない思いを感じながら布団ごと少年身体を抱き締めてからゆっくりとその身を三國は話した。そのまま静かにベッドに身を沈め、ゆっくりと瞳を閉じた。酒の力を借りなければ抑えられない衝動に襲われたのは、久しぶりなのだ。
「なってもいいかもしれないな、本当に……」
 いつこの関係も塗り替えられるか判らないが、こんな関係が続くのもまたいいだろう。



【終】

作品名:Calvados 作家名:かなや@金谷